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徒然時々恋模様のち…-12
不意に歯止めが利かなくなるっていうか、こう、溢れ出ちゃうっていうか。
そういう瞬間って誰にでも経験あるもんでしょ。
つい、ぽろりと出ちゃったんだよね、本音が。
どうしても抑えられなかった……。
土曜日の夜だった。
滋君がレンタルショップに行くまでの時間、彼の部屋でいつものように過ごしていた。
タケシと松尾もいた。
滋君はレコードを引っ繰り返そうとしていた。
ラグ上に寝転がっていたタケシは目を剥き、雑誌を読んでいた松尾は聞こえなかったのか黙々とページを捲っていた。
「……」
背中を向けていた滋君は何も言わずにレコードへ針を落とした。
二つのバンドのコラボレーションで、裏表違う歌い手の曲が入っている。
滋君がさっきそう説明してくれたばかりだった。
誤魔化すには唐突過ぎた。
言ってしまったからには、もう留める術もない。
「介抱してもらって本当嬉しかった。波長が合うっていうのかな。でも友達として好きとかじゃなくて、本当好きになっちゃって……ごめん」
「謝らないでいいよ」
背中を向けたまま滋君は言った。
場の妙な雰囲気にやっと気づいたのか、松尾も雑誌から周囲に視線を変えていた。
「誰かが誰かを好きになるのは自由だし」
「うん、そうだね」
ソファに座っていた俺は膝を抱いてしみじみと頷いた。
「俺はどうしたらいいかな」
タケシと松尾は敢えてそうしているのか。
一言も声を発しようとしない。
俺は滋君の言葉を待った。
「……最初に言ったと思う、俺」
そう。
滋君と俺は違う。
彼女がいて仕事を頑張っていて、彼には夢がある。
「だから自分で決めて」
現実って……本当甘くないよな。
気まずい時間は流れるだけ流れ、やがて滋君は仕事へ出かけていった。
「何、いきなり告ってんだよ。馬鹿」
珍しく黙りこくっていたタケシの第一声がそれだった。
「イトーさん、オータ君に惚れてたんスか」
俺の隣にいた松尾が恐る恐る尋ねてきた。
俺が「まーね」と答えると、奴は相槌なのか呪詛なのか区別のつかない呻き声を発した。
「びっくりしました。一番びっくりしたのはオータ君でしょうが」
「そうだね。俺、これからどうすりゃあいいんだろ」
「どうすんだよ。自分で決めろってよ?」
そりゃあ、もちろん滋君と一緒にいたい。
この部屋でごろごろしたい。
レコード聞きたい、ご飯食べたい。
……滋君、そんなにショックだったのか。
「……俺、部屋戻る……」
ふらりと立ち上がり、そのままふらふらと滋君の部屋を後にして辛気臭い我が家へ帰った。
否応なしに気分が低下してくる。
帰るんじゃなかったと後悔したが後の祭りだった。
こうなる事を全く予想していなかったわけではない。
だが、こうも面と向かって突きつけられると半端ないダメージがあった。
未経験ってわけじゃないのに。
もう三十路だっていうのに。
ベッドにうつ伏せになって俺は唇を噛んだ。
ふと気がついた。
先週の土曜日、滋君は倒れていた俺を発見し、部屋に運んでくれたのだ。
そして一週間後に俺はまたも違った意味でダウンしている。
だけど滋君はもう助けてくれない。
とてつもなく重たいため息が出た。
「イクちゃん」
階段を上る音が聞こえていたのでドアが開かれても驚きはしなかった。
「泣いてんの?」
タケシの静かな足音が聞こえた。
ベッドに軽い振動が加えられて、首筋に手が触れた。
「三十過ぎても失恋したら涙は出るモンか」
「泣いてないって」
「哀れだよ、イクちゃん。いい加減諦めつかねぇ?」
背中に重みがかかってベッドが軋んだ。
「……タケシ、やめろって」
「イクちゃん、最近してないだろ。実は溜まってんじゃねぇの。この辺で抜いとけよ」
うーん。
そうかね。
でも、やっぱり、駄目。
心は滋君を追っている。
性欲は機能停止中。
何か、滋君にずっと一緒にいてもらいたくて仕方ない……。
「俺、多分勃たない」
「何で」
どうしようもなく滋君のそばにいたいと思う。
そばにいられるだけで十分な幸せを感じられる。
そのはずだった。
「何か寒ぃよ、イクちゃん」
タケシの頭が俺の背中にゆっくりと落ちてきた。
日曜日にタケシは去っていった。
ゴールデンウィークがいつまで続くのか知らないが、多分、気を遣ってくれたのだろう。
それともとうとう愛想が尽きたか。
さすがに昨日の今日なので滋君の部屋には行きづらかった。
幸いにも外は抜群の曇り空だ。
気分転換に散歩にでも行こう。
俺は外出の準備をしようとベッドに根づきかけていた体を起こそうとした。
突如として約ひと月ぶりに絶対服従のメロディが鳴り響いた。
部屋の隅で充電器につなげっ放しの携帯電話がG線上のアリアを安っぽい音色で奏でていた。
「急に会いたくなってね」
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