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徒然時々恋模様のち…-14

「育生さん」 いきなり呼びかけられたかと思うと手首を掴まれた。 俺は危うく悲鳴を上げそうになった。 しかし呼び声の持ち主が誰だかわかって、振り返ると、その勢いのよさに今度は下にいた滋君がちょっとびっくりしていた。 「滋君」 部屋から出てきたのだろうか?  でも何の物音もしていない。 うう、心臓がバクバクしている。 大口を開けたらつられて飛び出てくるかもしれない。 フードつきのパーカーを羽織った滋君は一時停止に陥っている俺を見上げて謝った。 「ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだけど」 「あ、ううん、平気、全然大丈夫、お構いなく」 滋君はディスカウントストアのレジ袋を持っていた。 外に出ていたのか。 あはは、予想は全部外れだったか。 「ちょっと話があるんだけど」 あはは、なんて笑っている場合じゃなかった。 蛍光灯が一週間以上切れっぱなしという最悪な状況下の部屋に俺は滋君を招いた。 「暗いね」 「うん。もう慣れちゃった」 「テレビもない」 「ラジオがあるよ。聞く?」 滋君は首を左右に振った。 俺はクロークに紙袋を放り込んで大雑把に閉じ、床に座る滋君の前に腰を下ろした。 頼りない外灯の薄明かりだけでも滋君が硬い顔つきをしているのはわかった。 向かい合っていると否応なしに緊張感が増す。 表に出ないよう、平静を装わなければ。 「育生さん」 「えっ」 「何も正座しなくたっていいんじゃ?」 自分の気持ちと裏腹な構えに俺は苦笑いし、膝を崩した。 滋君は横を見ている。 外を過ぎ去る車のヘッドライトが何度か行き交った。 部屋が束の間、白く塗り替えられる。 言葉がない。 駄目だ、緊張に負ける。 俺も何も言えない。 皮膚の内側が熱くて喉はカラカラで、手足は冷たい。 気が遠くなりそうだった。  沈黙に耐えられなくなった俺は言葉を用意してここへやってきたはずの滋君に声を振り絞った。 「滋君、話してくれないかな。俺は何だろうと受け止めるからさ。滋君は俺に選択権をくれたけど、やっぱり、滋君の言葉がほしい」 ほしい。 自分の本音が転がり出たみたいで言った後に情けなさや後悔が湧いた。 滋君の頬が薄明かりに青白く照らされている。 「俺は……育生さんと一緒にいると居心地よくて」 抑揚のない小さな声が夜中の静寂を震わせた。 俺は一言一句、些細な息遣いまで聞き漏らさないよう耳をそばだてる。 「すごく安心できて、波長が合うってこういう事なのかなって思った」 「俺も思ったよ」 「うん。育生さんも言ってたね。でも俺は育生さんと違って、それが恋愛に結びつかない。だけど俺は嬉しかった。こんなに自然体のままでいていいのかなって感じるくらい」 話の中に決定的な回答を再び見つけて俺は痛感した。 そばにいられるだけでいい。 自分のその気持ちは嘘だったって。 それだけじゃあ物足りない。 やっぱり、それじゃあつらい。 彼女と一緒にいるところなんか見られたもんじゃない。 嫌だ、すごく嫌だ。 そんなの悲し過ぎる。 本当にどうしようもない人間だよ、俺ってさ。 「ありがとう、滋君。そう言ってもらえて嬉しい」 目を合わせてくれない滋君に俺は笑いかけた。 「滋君の答えを聞いて、俺、自分への答えを導き出せたよ」 滋君の長い睫毛が小刻みに震えた。 「何だか湿っぽくて自分でも嫌になるんだけど引っ越そうと思う」 そばにいたい。 けれど思いは得られない。 好きだという気持ちが空回りして、つらい。 それなら離れた方がいい。 俺は強くないからね。 本当に嬉しいんだけれど、最高の居心地だったんだけれど。 「ここを離れるよ」 もう一度、自分への決意も込めて滋君に伝えた。 「ありがとう、今まで一緒にいてくれて」

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