242 / 259

徒然時々恋模様のち…-15

薄暗い部屋に思った以上に自分の声が響いて泣けてきた。 短いようで長かった夢のような一週間分の回想が脳裏に打ち寄せてくる。 中にはタケシや松尾の姿も見え隠れしていた。 ああ、楽しかったなぁ、本当。 「夢みたいな一週間だったよ、うん」 「……」 「みんなで旅行とか行ったら面白かっただろうね」 「……」 「ご飯よそう当番は松尾君だよね、とりあえず」 「……」 滋君の沈黙が却って耳に痛い。 滋君の部屋ならば俺が退散すりゃあ済む事なのに、ここは俺の部屋だから、それで俺が出て行くのも変な話だろう。 どうしようかと次の行動に迷っていたら横を向いていた滋君が不意に俺の方を見た。 「それで、引越しして、それからは?」 いつになくきつい声色と視線に俺は目を丸くした。 「あの人と一緒になる予定とか?」 俺は丸くしていた目を更に大きくさせた。 あの人?  それって、誰? 「……あの人ってタケシ?」 「違うけど」 「え、じゃあ、誰?」 「さっき一緒にいた人」 滋君の双眸が光って見える。 薄闇の中にいるせいだ。 どことなく刺々しく感じられるのは俺の気のせいか? 「育生さん、いつもと違う感じがしたよ」 「そ、そう?」 「タケシ君の時は向こうからくっついたりしてたけど、でも、さっきの人には育生さんから」 「俺、何かした?」 「髪に触った」 ああ、そういえば触った。 粉雪みたいに綺麗だったから。 髪の話をしていたし何となく。 ていうか、いつから、どこから見られてたんだよ? 「あのね、あの人は叔父だよ。父方の。月一ペースで会うくらいで、もう古い付き合いだから別に、今更一緒に住むとか有り得ない、うん。あっちには家族がいるしね。野良犬以上にこんな奴いらないって」 「叔父さん?」 肉体的繋がりがあったなんて俺は言わないぞ。 あれだけ純粋に卑猥になれた過去、知っているのは俺と史孝さんだけでいい。 頷いた俺を滋君はじっと見ていた。 目線を合わせていたら、刺々しさが双眸からゆっくりと抜けていくのがわかった。 ほっとするのと同時に、見慣れない様が消えていくのは、少々残念な気もした。 「今の俺、何か嫌な奴だったね」 あぐらをかいて小さく息をつく。 すぐに反省するところが滋君らしいというか。 別に怒っていないのに。 むしろ今までにない一面が見られてちょっと嬉しいくらいだった。 「疑うって、よくないよね。変に疲れるし相手だって不快だろうし」 俺は不快じゃないよ。 だって、それだけ相手の事を考えてくれてるって事でしょ? 多少思い上がったその考えを口にはしないで俺は滋君と真摯に向かい合っていた。 「俺、色々考えたんだ。仕事中も頭いっぱいで、今日の昼も眠れなかった。それで出た結論が、さっき育生さんに言ったような、今まで通りが一番だっていう内容で。それを伝えようと思って夕方ここに来たんだけれど」 「え、そうなの?」 「うん。育生さんいなかったから、今日の夜バイト行く前にもう一度来てみようと思って。そしたらさ。缶コーヒー買いに行った帰りに育生さん見かけて、知らない人といて」 「叔父だよ」 「うん。でも何か、何て言うのかな。二人がすごく親しそうで」 滋君は俺に声をかけられなかったという。 自分は悩んでいたというのに、二十四時間前に告白してきたくせに、もう別の人間とおめかしして出かけていた俺に正直幻滅しかけたという。 「げ、幻滅」 「変わり身早いんだなって」 「そんな」 俺の素の反応に滋君は小さく笑った……滋君って、もしかして無自覚のサディストなんじゃないのかなぁ。 まぁ、そんな君も好きだけど。 滋君は膝に片肘を突くと外灯の差し込む窓辺に目を向けた。 「これって嫉妬に近いよね」 何でもないような呟きに俺は何度も瞬きして、何故だか、滋君と同じ方向へ視線を縫いつけた。 淡い光が窓を透かしている。 羽虫が一匹、ガラスにくっついていた。 「俺、今まで女の人と付き合ってきた。今も彼女がいる」 「……うん、そうだね」 「昔も今も育生さんといる時程リラックスできてはいない」 「……」 「何かしら一線おいてるし、ちょっとした距離ができる、時々。それは男女と男同士のありふれた違いかもしれないし」 どこかの部屋のドアが開かれて閉められた。 路上を行く通りすがりの笑い声。 何でもないような雑音がやけにはっきり聞き取れるのは必要以上に耳を澄ましているからだろう。 「育生さんだけ違うのかもしれない」 まるで愛の告白じゃないか。 だけど手放しで喜べない。 だって、滋君の真意がまだ読めない。 実際のところ仮定の話に過ぎないし。 ああ、でも加速する動悸を止められない。 誰か助けてくれ。 「ねぇ、育生さん」 「何?」 呼びかけられて、ここぞとばかりに返事をした。 危うく息の仕方を忘れそうになっていた。 矢鱈とでかい俺の一声に滋君は訝しそうにするでもなく尋ねてきた。 「キスしてもいい?」 それは試行錯誤を兼ねていたのか。 ていうか彼女に悪くない?  俺、悪者じゃない?  ご年配の人から「この罰当たりが」って言われちゃうやつじゃない? 「いいよ」 でもまぁ、答えは一瞬で決まっていたんだよね。   滋君はレンタルショップのバイトをその日初めて無断欠勤した。 月曜日の昼下がりになると彼女にメールをして、夜に会う約束をしていた。 俺はベッドに寝そべって生温い、ホットが冷めてしまって甘さが倍増した缶コーヒーを飲んでいた。 「じゃあ、行ってくる」 外が茜色と藍色に浸される時間帯、滋君は俺の部屋を後にした。 俺は腹這いのままベッドから見送った。 ドアが閉められて階段を下りる音、次にまたドアの開閉音。 一風呂浴びて服を着替えて、小奇麗にして会いにいくのかな。 ああ、俺も風呂に入らなきゃ。 そう思うのに体が動かない。 シーツを握り締めた俺は声を殺して泣いた。

ともだちにシェアしよう!