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徒然時々恋模様のち…-16

転寝していたようだ。 戸外から聞こえてくる階下の会話に俺は目覚めを誘われた。 「上に行くんスか? じゃあ、これ、イトーさんの分も」 「ありがとう。まだ熱い」 「余りの材料で作ったんスよ。じゃ、おやすみなさい」 「おやすみ」 ああ、滋君だ。 松尾と話している。 帰ってきてくれたんだ。 俺はまた不覚にもこみ上げてきた涙に呻き、ティッシュを探した。 どこだ、どこに……あ、そうだ、全部使っちゃったんだ。 どうしよう。 やばい、止まらない、ドン引きされる、あわわ……。 ベッドの上でおろおろしていたらノックと共にドアは開かれた。 両手にレジ袋を持った滋君がおいしそうな匂いを連れて部屋に入ってきた。 「蛍光灯買ってきた……育生さん?」 「あ、おおおおおかえり」 俺の動揺ぶりに滋君は首を傾げ、荷物を床に下ろすとベッドに迷わずやってきた。 片足を乗り上げさせて覗き込んでくる。 気恥ずかしいもんだから俺は俯いた。 「もしかして泣いてる?」 「……さぁ」 「俺が戻ってこないと思って?」 図星だ。 彼女に会って、泣かれでもしたら、そっちに情が湧くのではないかと。 でも泣いているのは俺だ。 本当にどうしようもない馬鹿。 いい年した男が情けないよね、本当。 「別れてきた」 そう言って滋君は俺を抱き締めてくれた。 昨夜、ここで俺と滋君は初めてキスをした。 『滋君』 久し振りのキスが滋君からもらうものだなんて、そうなるまでは予想もしていなかった。 嬉しい、もっとしたい、怖い、やっぱり怖い、逃げ出したい。 無様な葛藤に蝕まれていた俺を滋君は今みたいに抱き締めてくれた。 ソファで一緒に寝た時とはまるで違っていた。 体の輪郭をなぞる掌も服越しに重なった肌の熱も。 『育生さん』 首筋に触れた、繰り返される呼号の温度も。 こんなに一番近くに滋君がいる。 幸福の感触に俺は何もかも忘れていった。 「恋愛対象にならないって思ってたけど」 滋君が俺の首根っこをよしよしと撫でている。 気持ちがいい。 昨夜みたいにそのまま眠ってしまいそうだった。 「キスしたら、抱き締めたら、嘘みたいに心地よくて。熱くて。同じ熱を感じてるんだって思うと嬉しかった」 「……俺も」 「ふぅん。以心伝心ってやつかな」 そう言って滋君は笑った。 以心伝心かぁ。 いい言葉だね、心と心が自然と伝わるなんて。 皮膚越しに重ねた場所から通じ合ったのかもしれないね。 「マツに台湾風焼きそばもらったから。食べよう」 「その前に風呂入るよ……」 「わかった。よいしょ」 「ちょ、俺、まだ三十代だって。介護はまだ早いって」 滋君は一日中ベッドから出られずにいた俺を意外にも頼もしい腕力で立ち上がらせてくれた。 「じゃあ蛍光灯換えておく。飲み物、下からとってくるから。焼きそばが冷めない内に風呂入っておいでよ」 浴室に追いやられた俺はのろのろ裸になってシャワーを浴びた。 浴び終わって出てみると脱衣所には適当な着替えが用意されていて、部屋の蛍光灯は換えられていて。 明るい真ん中には滋君がいた。 「一緒に食べよう、焼きそば」 どっと込み上げてきた嬉し涙を大放出させて俺は笑った。 end

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