253 / 259

一つ目の恋/隻眼の男×アダルトチルドレン

「今、この人とお付き合いしているの」 従姉が連れてきた男には見覚えがあった。   今は亡き母親とその恋人に虐待を受けていたのは今から十年前の事だ。 住まいとなるアパートには無職で若いその恋人が入り浸っていたので、学校が終われば必ず寄り道した。 近所の公園、スーパー、バスを待つでもなく停留所のベンチに延々と座っていたり。 日が暮れるまで外にいるようにしていた。 ある日、停留所のベンチに座っていたら突然知らないおじさんから「いつも座っているね、お母さんはどうしたの?」と声をかけられた。 驚いて、その場から駆け足で逃げ出した。 公園にもスーパーにも、当然アパートにも帰る気がせず、ランドセルを音立たせながら出鱈目に団地内を走り回った。 気がつけば見慣れない道を歩いていた。 茜色の夕日に染まる雑木林の中、舗装されていない道を一人進んでいた。 夏でもないのに蜩が頭上で鳴いている。 道端にお地蔵様が連なっていて、紙の風車が少し冷たい風にくるくると回っていた。 赤い鳥居が続く階段の手前で立ち止まり、休める場所があるかもしれないと長い階段に足をかけた。 怖いという気持ちはなかった。 アパートの物で散らかった部屋にいて、いつ、どんな拍子で母親の恋人が手にした煙草を押し付けてくるのか、緊張と不安に襲われている時間と比べれば見知らぬ場所に進む事など何でもなかった。 階段を上りきれば簡素な造りの社が鳥居の向こうに伺えた。 人の気配は皆無で、やけに薄暗い広葉樹林が社の後ろまで迫っている。 日に焼けたスニーカーで砂利道を通って鳥居を潜り、賽銭箱へと続く段差に腰掛けた。 疲れた。 知らない人に声をかけられてびっくりしたし、お腹も減った。 それにとても眠い……。 小さな体を窮屈そうに丸めて縮こまると目を瞑った。 蜩の羽擦れの音色を聞いていたら、いつの間にか、静かな眠りに落ちていた。 そして俺はあの人の膝の上で目を覚ました。 それから数日後、母親とその恋人は野犬と思われる動物から夜道で襲われ、あちこち欠けた死体になって発見された。 「今、この人とお付き合いしているの」 従姉が連れてきた男には見覚えがあった。 黒っぽい上着を着た、黒髪の、片目に眼帯をした男。 膝枕してくれた隻眼のあの人と同じ眼差しをしていた。 end

ともだちにシェアしよう!