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法医学教室の想い人-2
最初は戸惑うことも多かった。
別に医学部卒業したわけじゃないから、人のほにゃららとか生で見るの初めてで、最初の内はガタブルものだった。
慣れってすごいよな、うん。
その日は酒好きな理瀬教授により不定期飲み会が最寄りの居酒屋で開かれた。
「お前、俺の前でグラス空にしてんじゃねーよ、ポン酒行けよ、おい」
「に、日本酒は苦手です」
「クソが」
「う、梅酒で勘弁してつかぁーさい」
「クソが」
日本酒苦手な俺でも知っている有名な芋焼酎をロックで飲む理瀬教授に絡まれる……うん、大体いつものことです。
「梅酒、お湯割りでいいかな? ついでに頼んでおくから」
向かい側でハイボールを飲んでいた邑志摩さん、はぁ、かっけぇな、海保の制服にキャップ姿もいいけど、アフターの私服でも鋭い体つきしてるっていうか、ん、なんだ、鋭い体つきって、俺、ちょっと酔ってるのかにゃ~……?
「教授、明日ちゃんと来てくださいね、講義ありますから」
邑志摩さんの隣で飲んでいる鮫島先生、ワインだ、赤ワインで秋刀魚を食べてる、あ、合うのかな……?
「そういや染色、カバーグラスずれてたぞ、クソだめ葛西」
「え、え、午前中に提出したやつですか?」
「Fe、HE、封入やり直し、明日中に再提出しろ」
「あうう……ハイ」
ダメ出しされて酔いが醒めた俺の顔をグラス片手に覗き込んできた理瀬教授、ひんやり険しい双眸を愉しげに不敵に光らせた。
「やっぱお前の苦悩ヅラが一等の肴になるわ」
労働局さーん、これってぱ・わ・は・ら、ですよね!?
翌日。
午前中、理瀬教授に言われていた作業を何とか終えた俺は解剖室へ向かった。
法医学の教室受付に鍵がなかった、ボードをチェックしてみたら理瀬と書かれたマグネットが解剖室にぺたっと貼られていた。
何してんだろーと思いながら解剖室には必要不可欠な、作製していたホルマリン固定液を台車に乗せてエレベーターで地下へと下る。
駐車場に面した解剖室……というか解剖棟になる建物出入り口の観音扉は開いていたが、あれ、暗い。
解剖棟には臓器を保管する冷凍室やシャワー室などがあって、いやはや、あのお人はどこにいらっしゃるのか。
台車をがたごと言わせて暗い解剖室へ。
把握済みのスイッチを押して明かりを……。
「ぎゃあ!!」
かっ解剖台にご遺体がッッ、この仕事に就いて一年経ったけどこれだけは慣れないんだよぉぉぉ!!
「ッえ、あれッ、教授!?」
「うるせぇ……」
うっそ、信じらんない、この人解剖台で寝てんの!?
「お前が先に帰りやがって、その後三時まで飲んでたんだよ……ねむ」
「あ、あの、理瀬教授……いくら綺麗に磨いたからって、そこで寝るのは~……」
上半身を起こして解剖台に腰掛ける体勢となった理瀬教授、ひんやり険しい双眸が俺をじろーり。
「起こせ」
「へ? え?」
「起こせよ、だりぃんだよ」
午後から講義あるんだよな、大丈夫か、ほんと……。
ていうかどう起こせばいいの、意味わかんないです。
白衣を引っ掛けた理瀬教授は俺に片手を差し出してきた。
こどもみたいに抱えればいいのかと迷っていた俺は、ほっとして、その青白い手を掴んで。
ぐいっと。
「……」
するりと俺の肩に纏わりついてきた両腕。
日の光が苦手な吸血鬼みたいに、白い肌をした、理瀬教授の顔が。
すぐ目の前に……。
ちゅっ
え、あれ、えっと、その、これは。
キス、というやつ、じゃなかろーか。
冷たい唇はすぐに離れて。
両腕は俺に纏わりついたまま。
底冷えするような真っ暗な解剖室で、解剖台で、平然と寝ていた理瀬教授は。
たった今、俺にキスした……んですか?
「……きょ、教授」
「あ?」
「あの、えっと、その、ッ、んむむむむーーーー!?」
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