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ゴーゴー催眠術/企業スパイ警備員×美形エリート
何を隠そう俺は企業スパイだ。
依頼があればターゲットとなる会社にうまいこと潜入し、情報をこっそり盗み、高額報酬で依頼先に売り渡す、いわゆる裏稼業の人間だ。
だが俺としたことがドジった。
今回、標的となった一流企業には警備員として潜り込んでいた。
真夜中、役員室のダイヤル式金庫を開け(ちょろい)、マグライト片手に最重要書類を漁っていたら。
背後に気配。
振り返るより先に、後頭部に、ガツンと一発。
素人さんは手加減を知らず、打ち所も最悪で、めちゃくちゃ痛い。
痛みに唸っていたら、なんと、もう一発。
俺は気を失った……。
「気がついたか」
気がつけば俺はまだ役員室にいた。
だが状況は一変、消していたはずの明かりが点灯し、革張りの上等な肘掛け椅子にロープでぐるぐる巻きに拘束されていた。
目の前には九条雅貴 が立っていた。
「君はただの警備員じゃないな?」
この会社にいる人間で九条を知らない者はいないだろう。
名門大出身で血筋もよく優秀有能な若手ホープ。
しかも美形ときていた。
「我が社の企業機密を持ち出そうとするなんて一介の警備員がすることじゃない」
「それはありがとうございます」
「褒めていない! それよりも」
一体、誰に雇われたんだ?
俺が何よりも一番のモットーとすること、それは、秘密厳守。
依頼人に関することは何があっても口外しない。
「九条さん、私はただ、コンタクトを探していただけですよ」
プライドが高そうな九条は不愉快そうに眉根を寄せた。
「何が何でも聞き出してやる」
「それは怖いですね」
「だけど私は暴力が嫌いだ」
「私を二発も殴っておいて言う台詞ですか、それ」
九条は俺のツッコミをスルーして両腕を組むとふかふかの絨毯の上でしばし考え込んだ。
しつこくない程度に髪を撫でつけ、どこぞのブランド物と思われるメタルフレームの眼鏡もスーツも浮いておらず、様になっているときた。
表舞台で堂々と光り輝く九条サマ、貴方には裏世界で鍛えられた俺の口を割ることはできませんよ、あしからず。
「警察に渡すと依頼人がわからずじまいになってしまう……今、ここで、私は相手を知りたいんだ……正々堂々と返り討ちにしてやるためにもな……うーん……そうだな……、……」
突然、九条は冷ややかな微笑を浮かべた。
「いい手を思いついた……少し待っていてくれたまえ、君の口を簡単に割らせる準備をしてこよう」
そう言って華麗に踵を返すと役員室を出て行った。
一体、なんだ?
自信に満ち溢れた微笑を思い出して俺は身構える。
一見してSっぽいからな、暴力が嫌いだとか抜かしておきながら、えげつない拷問をしかけてくるかもしれない。
五分もかかることなく九条は相変わらず自信たっぷりの微笑と共に戻ってきた。
テーブルマナーを掌握しきっているだろう、その指先には、糸が垂れている。
糸の先には五円玉が括りつけられている。
まさか。
「お前はだんだん眠くなる~眠くなる~」
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