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温泉旅館若旦那<鶴>奮闘記/男前ヤクザ×儚げ美人

碓井優生(うすいゆうせい)はとある温泉市街外れにある「()もりや旅館」の若旦那だ。 今日はお得意様の「銀龍会(ぎんりゅうかい)」御一行様が泊まりにくる日、よって朝から準備などで一段と忙しかった。 天国にいる父さん母さん、今日も「篭もりや」のために誠心誠意を込めて、私、頑張ります。 「お越しになられましたぁ!」 番頭の声がロビーに響いたのを合図に「篭もりや」の人間ほぼ総出で本日一組のみのお客様をお出迎えする。 すでに「銀龍会」の面々、それぞれの分家を指揮する幹部達が表玄関でずらりと列を成していた。 仰々しい黒塗りの高級車から降りてきたのは杖を突く一人の洒落た初老男性と、頬に刃傷跡のある一人の男。 どれだけ新勢力が虫の如く湧き出てこようと圧倒的力で完膚なきまでに叩きのめす裏社会における旧勢力の要「銀龍会」現トップの但馬(たじま)と、次期トップと最も呼び声の高い本家若頭の佐久真(さくま)だ。 「ようこそお出でくださいました、但馬様」 「今日もよろしくお願いしますね、鶴」 但馬は優生のことを「鶴」と呼ぶ。 有名な昔話に出てくる、恩返しのために人に化けて老夫婦の元を訪れた鶴に擬えて、そんな風に呼ぶ。 確かに優生はどこか儚げな雰囲気を持っていた。 そこにいるのに、そこにいないような。 触れているのに、触れていないような。 新雪さながらの肌の白さと紗のかかったような淡い色をした双眸のせいかもしれない。 優生が但馬と出会ったのは小学生の頃だった。 『かわいいおぼっちゃんですね』 当時、本家若頭だった彼は今と同じような穏やかな物言いで、女将であった母親の背後に隠れていた優生に話しかけてきた。 子供心に優生は但馬が誰よりも強い人だと思った。 同時に怖い人だとも思った。 『小さい頃に読んだ昔話、その挿絵に描かれていた鶴とよく似ています』 おじさん、あの話、嫌いなんですよ。 鶴が逃げてしまうでしょう。 おじさんだったら、羽を引き千切ってでも、そばにおいておきますよ。
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