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温泉旅館若旦那<鶴>奮闘記-4

ガキのくせに妙な色気を持ちやがって、と佐久真は思った。 「かわいいおぼっちゃんですね」 一人一人の従業員が背筋をぴしっと正して客をもてなす中、一際目を引く、清廉な百合さながらにすっと美しく立つ女将。 その背後にいた少年に話しかける、佐久真の兄貴分、但馬。 「羽を引き千切ってでも、そばにおいておきますよ」 ああ、死神に気に入られて哀れなガキだと、佐久真は思った。 泣く子も怒れる子も黙る「銀龍会」が代々ご贔屓にしてきた「篭もりや旅館」はひなびた地方の温泉街、その外れにある山の中腹に木々に隠されるようにしてひっそりと佇んでいる。 抗争や警察沙汰で邪魔されなければ「銀龍会」は毎年四季毎に「篭もりや」を訪れている。 会長から絶対の信頼を寄せられている本家若頭の但馬に付き添って、佐久真も、五年前に一度この旅館へやってきていた。 そして夏と秋の中間地点である今、また、五年振りに「篭もりや」へ。 どうして五年振りかというと、鉄砲玉として血生臭い役目をこなし、刑期というものに囚われていたからである。 「今日はゆっくり休むといいですよ、佐久真」 但馬にそう言われて、お言葉に甘え、佐久真は旅館を囲うようにして広がる山へ一人分け入った。 天気のいい日だった。 狭く、汚く、澱んだ場所に長いこと繋がれていた佐久真は人気のない山道で思い切り背伸びをした。 会長は癌だという。 次期会長は但馬サンで決まりだろう。 が、血で血を洗う揉め事はどうしたって免れない……、……。 佐久真は振り返った。 いつの間に背後に一人の少年が立っていた。 勘が鋭いはずの佐久真は己の殺傷圏内へ迂闊に侵入を許したことに苦虫を噛み潰したような顔になった。 「なんか用か」 チャカやドスを持った構成員ならまだしも、こんな幽霊みたいなガキなら無理もないか。 中坊くらいか? 色が白くて女みたいに唇が赤い。 「泊まりにきてる人だね」 なんとも淡々とした眼差しを浴びていた佐久真は気がつく。 五年前、死神に気に入られたあのガキだと。

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