39 / 259
温泉旅館若旦那<鶴>奮闘記-8
泣く子も怒れる子も黙る「銀龍会」とは。
どれだけ新勢力が虫の如く湧き出てこようと圧倒的力で完膚なきまでに叩きのめす裏社会における旧勢力の要。
津々浦々に支部を置く、全国的にも名の知れた広域暴力団である。
メディアにおいても血生臭い抗争でよく取り沙汰され、一般市民の恐怖を煽る存在だ。
某都市の一等地に値する高級住宅街一角の広大な敷地に建てられた立派な邸宅が、その「銀龍会」本部である。
堅牢なる正面玄関の門構え、敷地をぐるりと取り囲む外塀、点在する監視カメラ。
内側には手入れの行き届いた日本庭園が屋敷に沿って広がっている。
庭園の一番の自慢は石橋のかかった風情豊かな池だろう。
四季ごとに違った彩りを見せる樹木寄り添う清流には色鮮やかな鯉がゆったり泳いでいる。
石橋から餌を巻く人物がいる。
「銀龍会」現トップの但馬だ。
第一印象としては身なりに気を遣う洒落た初老男性といったところで、極悪組織を束ねる人物とはとても思えない。
「曙や橙、今日はご機嫌のようですね」
お気に入りの鯉には名前までつけている但馬、隣に立つ、餌を持たせている配下にのんびり言う。
配下の名は佐久間。
頬に刃傷痕のある本家若頭だ。
「そうですかね、自分にはさっぱり」
但馬に忠誠を誓う佐久間だが。
彼には但馬にも言えない隠し事が一つあった。
『私は貴方だけにこの姿を見せるんです』
正確には但馬にこそ言えない隠し事、だ。
「ほら、あんなに美味しそうにたくさん食べていますよ」
杖を突いている但馬の代わりに餌を両手に持っている佐久間、水面にこぞって顔を突き出し、騒がしく餌を食らう鯉を何となく見回した。
穏やかな昼下がりだった。
「ところで佐久間」
「なんでしょう、会長」
「例の件ですが」
鳥がすぐそばの木にとまって小さく囀っている。
「全員、始末なさい」
死神但馬の言葉に佐久間は頷いた。
「わかりました」
「鉄砲玉は若い者からお前が選びなさい」
「はい」
「決して一般の方を巻き込まないよう」
味方には慈悲深く、敵には容赦なく、昨日の味方が今日の敵となれば、問答無用、即座に血祭り。
そして無関係な一般市民には決して鎌を振るわないのが但馬のモットーだ。
「鶴に会いたいですね」
ギクリ
「……鶴、と言うと、あの?」
「ええ、あの鶴、です」
もちろん但馬が言っているのは鳥類の鶴ではない。
とある温泉市街外れにある「篭もりや旅館」という宿に棲息する、世にも儚げな若旦那、のことだ。
何でも昔に但馬が読んだ、おとぎ話の「鶴の恩返し」の挿絵に描かれていた鶴に似ていたとかで、但馬は彼のことをそう呼んでいる。
『羽を引き千切ってでも、そばにおいておきますよ』
かつて但馬は彼にえらくご執着であったのだ。
「元気にしていますかね」
しかし、愛情を注ぐ対象であるのに変わりはないようだが、少しずつ変化が現れているようで。
「鶴が自由に舞う姿を見てみたいものです」
「はぁ」
佐久間は何食わぬ顔を装うのに集中するのだった。
ともだちにシェアしよう!