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温泉旅館若旦那<鶴>奮闘記-10
怒らせてしまったのかもしれない。
自分の腕を強く掴んで一言も発さずに街路を突き進む佐久間を、優生は、不安げに見上げた。
急に来て、街中で不用意に声をかけて、驚かせて。
不愉快な思いをさせてしまったかもしれない。
そうして優生はずっと無言なままの佐久間に彼の住処へ連れて行かれた。
連れて行かれるなり。
「佐久間さ……」
まるで息の止まるような口づけ。
玄関で靴を脱ぐひと時もなしに掻き抱かれて呼吸を奪われた、唯一の荷物が玄関床に音を立てて落ちた、熱い吐息で唇が焦げつきそうな。
「ン……ッン……ん」
苦しくて、でも、欲しくて。
疼いて。
求めて。
久方ぶりの抱擁に溶け落ちていくような心地で優生は佐久間と尊い熱を分かち合った。
「本当に優生なんだな」
濃密に結び合わせていた唇をやっと離したかと思えばそんな台詞。
ドアにもたれた優生は息を上擦らせながら、微かに、笑った。
「……私ですよ、佐久間さん?」
「鶴が化けて出たのかと思った」
「そんな」
「山から街まで、その羽で飛んできたのかってな」
優生は佐久間に正面からもたれかかった。
煙草の香りがしみついた胸元に顔を埋めて目を閉じる。
「……ごめんなさい」
「あの界隈は身内だらけだからな」
「そうだったんですね」
「俺等のシマだからな、お前の顔を覚えている奴がいるかもわからねぇ」
「ごめんなさい」
一回り年上の男。
どこか存在が希薄だと言われる自分と比べて彼の魂は鮮烈で色濃い輪郭に縁取られ、力強く鼓動しているかのような。
『怖いか』
最初にこの身を暴いた男。
優生はずっと愛し続けている。
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