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世にも奇妙にランデブー-オマケ
【バレンタインデーオマケ】
百貨店の特設会場で開催中のバレンタインデーフェアは多くの女性客で賑わっていた。
三十一歳で会社勤務のAも、ランチを共にする同僚用と、上司用と、恋人用のチョコレートを購入するため似たり寄ったりなブースを行き来していた。
はしゃぐ女子達、真剣に吟味する女性達の中に男性客もちらほらと見かける。
ほとんどが彼女に引っ張ってこられた彼氏と見受けられた。
どんっ
「あ、すみません」
背中に軽い衝撃を受けた次の瞬間、すぐさま男の声がAに届いた。
Aは軽く会釈するつもりで振り返った。
「……あれ、Aさんじゃない」
Aと顔を合わせた日高崇文は見知った人間との思わぬ再会に笑った。
彼は他の男性陣と違って、一人で、その手には女性客が持っているのと似たような紙袋を一つ提げていた。
「人、いっぱいだね。一つ買うのにすごく悩んだよ。Aさん、これから買うんだね。頑張って」
崇文は笑顔でそう告げると急がない足取りで混み合うフロアを進んでいった。
Aは立ち止まったままでいた。
次々と他の客にぶつかられても身動きできずにいた。
今の、日高さん?
会社から帰宅後、突然、行方不明になった、あの日高さん……?
紅梅がぽつぽつと赤を散らしている。
宵闇に滲むように鮮やかな花を咲かせている。
その屋敷の庭では明かりの点る石灯篭、立派な錦鯉の泳ぐ池、悠然と跨ぐ橋、紅梅の他にも松などが枝葉を伸ばして風情豊かな落ち着きある趣きを見せていた。
「これ。買ってきたんだ」
「そうか」
「貴方も食べる?」
半分、食べかけのチョコレートを見下ろして、縁側に腰掛けた崇文はちょっと笑う。
「いや……本当は……これ、貴方のために買ってきたんだ」
大切な人にあげるものなんだ。
そういう季節っていうか、イベント行事なんだ。
「よくわからないよな、実際。俺もどうしてそうなるのか、ちゃんと理解してない」
そう言って半分の欠片を口の中に放り込む。
「ならば、そうだな、味見を」
「え?」
上体を捻って問いかけた崇文。
隣に立っていた彼は腰を屈め、白い片手を崇文の頬に宛がい、カカオの香る唇に。
「っ……」
口づけられて崇文は赤面した。
おもむろに二股に分かれた舌が甘味に満ちていた口腔をゆっくりとまさぐる。
「んっ……」
紅梅と同じ色に頬を染めた崇文は彼を押しやろうとした。
裂かれた舌に舌を挟み込まれて腕の力は途端に抜けた。
上下から緩々と擦られて、唾液は溢れるだけ溢れて、唇の端から滴り落ちていく。
二つの舌先に巧みに刺激されて崇文は彼の着物の合わせ目についしがみついた。
「ん……ん……」
舌の根まで小刻みに擽られる。
深く絡めとられて頭の芯が熱に霞んでいく。
濡れた音色が耳元まで敏感にさせるようだ……。
「可愛い、崇文」
ふと顔を離した彼が艶やかに笑う。
一重の切れ長な金色の双眸をぼんやりと見上げていた崇文は、はっとして、口元を拭った。
あやかしの黒蛇はいとおしそうに目の前の永遠なる生餌を見つめた。
「可愛い」
口づけで腰が砕けてしまった崇文を軽々と抱きかかえると、二人きりの屋敷の長い縁側を行き、寝所へ向かった。
恥ずかしそうにしながらも腕の中に身を委ねる崇文を、早く、早く、余すことなく味わいたいと思いながら。
【春オマケ】
何とも酔狂なものだ、と、彼は思った。
騒がしく群れて宴に耽るものたち。
昔と変わりない。
咲き誇る桜が美しいのも、また、同じ。
ひらひらと夜風に舞う花弁を背にして、彼は、ぼんぼりに照らされた芝生を歩む。
あれだけ騒がしかった喧騒が急に遠退いて、ぼんぼりは灯篭と変わり、芝生は鬱蒼と生い茂る草木となり。
やがて彼は住処となる屋敷へ戻った。
「おかえり」
縁側でぼんやりしていた崇文は傍らに立った彼を見上げて声をかける。
「桜、咲いてたか?」
「ああ、咲いていた」
縁側の向こうには美しい庭が広がっている。
ただ、そこに桜はない。
崇文はもう二度と移ろい豊かな桜を見ることが叶わない。
「……花が咲く、花が咲く、どこで咲く……」
小さな声で子供の頃に覚えた童謡を口ずさむ崇文を見下ろしていた彼は。
閉じていた掌をおもむろに開いた。
「あ」
崇文は舞い降りる薄紅色の花弁に目を見開かせた。
思わず手を掲げて一つ掌に受け止める。
彼を再び見上げて、ゆっくりと、微笑んだ。
「ありがとう」
礼を言った崇文の永遠に恋しい唇に、彼は、ゆっくりと口づけた。
end
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