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虎獣人の威を借る半狐-2

数日前、幻楼丸と紗那はこの人里に辿り着いた。 かつて生まれ育った村ではとことん忌み嫌われていた混血の紗那。 様々な人種で溢れ返る都周辺では混血など珍しくもなく、ただ扱いはやはり……ということもあり、誰からも羨望の的とされる純血獣人・幻楼丸の隣でいつも縮こまっていた。 「お頭ぁ、ここって近場に湯の湧く場所があるそうですよ」 宿に落ち着き、装備の手入れを始めようとしていた紗那に幻楼丸は。 「一人にさせてくれるか、紗那」 あ。 またこれだ。 「あの……でも、手入れ……」 「夜でいい。月が上ったら帰ってこい」 金を渡された紗那はとぼとぼ外へ出た。 人目が怖く、ひとりぼっちで何かを食べる気分にもなれず、最近自分に冷たい幻楼丸に不安を募らせつつ川を跨ぐ橋の真ん中でぼんやりしていたら。 声をかけられた。 過剰にビクリと反応して視線を向けた先には一人の人間の青年が立っていた。 「その耳、とても可愛い」 人懐っこそうな青年はやたら紗那に話しかけてきた。 初めての出来事に紗那は戸惑いつつも、優しくて、お団子までご馳走してくれた彼にちょっとだけ打ち解けた。 「白夜の猛虎と一緒にいるのを見かけたときから気になっていて」 白夜の猛虎、とは幻楼丸の通り名だ、夜の闇も振り払うほどの白き輝きを持つ獣戦人、なんて意味合いらしい。 「明日も会える?」 とりあえず三日間宿をとっていたので紗那は頷いた。 そうして彼と別れ、月が上り、宿に戻って幻楼丸にこんなことがあったと報告しようとすれば。 「酒場に行ってくる」 まるで戻ってきた紗那と入れ替わるように部屋を出て行った幻楼丸。 またひとりぼっちになった紗那はクスンと鳴いた……。 「君に似合うと思ったんだ」 「えええ……痛くないの?」 「大丈夫、痛くないように上手にいれてあげる」 「……」 「怖い? それなら無理強いはしないよ」 最初に出会って、次の日も話し込み、その次の日に。 紗那は青年から耳飾りをつけてもらった。 笑顔が優しい、自分のために用意してくれたものを断るのは気が引け、少し怖かったがコクンと頷いてぎゅっと目を閉じていたら。 「もういいよ」 え、もう? 彼の言う通り、痛みを感じることもなく、大きな黒いフサフサ狐耳に耳飾りをつけた紗那はワクワクしながら宿に戻ってみた。 お頭、何か言ってくれるかな? 似合うって言ってくれるかな? 月が上って部屋に戻ってきた紗那に獣眼をスゥっと細めて幻楼丸は言った。 「……酒場に行ってくる」 またひとりぼっちになった紗那はクスンクスン鳴いた。 「君のことが好きなんだ」 明日ここを去ると告げた紗那に青年は真剣な面持ちとなって告げたのだ。 「一目見た瞬間から。君とずっと一緒にいたいと思ったんだ」 「……オレ、出来損ないの半端者だし……それにお頭が……」 お頭はオレと一緒にいたいのかな? 本当は、もう、十六を過ぎてでっかくなったオレと一緒に旅したくないんじゃないのかな? 「君には人間の血が流れてるだろう?」 夕日が降り注ぐ橋の袂で紗那をそっと抱きしめた青年は耳飾りのついた狐耳に囁きかけた。 「僕と君は一緒だよ、紗那?」 一緒。 オレとお頭は、とてもじゃないけど、一緒じゃない。 月夜にフサフサ尾っぽを頻りに揺らしてどうしようと迷う紗那。 そして、一番に、幻楼丸のことを思って。 自分とこれ以上共にいたくないのであろう旅傭兵の獣戦人のために。 「酒場に行ってくる」 「あのッ……お頭ッ、オレぇ……」 部屋から去りかけた幻楼丸を寸でのところで引き留め、紗那は、無理して笑う。 「オレぇ……この人里に残ろうと思うンです」 その方がいいんだよね? お頭はオレと離れたいんだもんね? 「お頭と、もう離れようと思うンです、だから、お頭ぁ……あの……その……、ッ」 戸の前でぐるりと振り返ったかと思えば。 標的を前にしたときよりも眼光鋭い眼差しを放ち、一瞬にして金縛りにあった紗那を容易く肩に担ぎ、奥の寝台へ乱暴に放り投げて。 「やああ……ッッッ」 幻楼丸は紗那を奪った。

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