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【狼】汝、もふもふ狼でも愛することを誓いますか?/呪いで獣化×神父

片田舎の外れに佇む簡素な教会。 庭園には可愛らしいミニバラが鈴なりに咲き誇っている。 午後の昼下がり、神父である織人(おりと)が如雨露で水遣りをしていた。 切れ長な双眸は物憂げな眼差しを紡いでどこか厭世的な翳りも見て取れる。 細身の肢体に慣らした黒い神父服はどこか禁欲的なイメージを彷彿とさせた。 「神父さまー」 「水やり、お手伝いしますっ」 だが村のこどもらが笑顔で駆け寄れば。 穏やかな木漏れ日の元、横顔に纏わりついていた翳りは緩やかに払われた。 端整な顔立ちに優しげな微笑みを添え、織人は、小さな手にそっと如雨露を渡した。 「ありがとうございます、後でいっしょにお祈りを捧げて、みんなでお菓子を食べましょうね」 お菓子目的のこどもらはしめしめと内心ほくそえみ、純粋な織人神父は始終にこにこ。 そんな心安らぐ(?)庭園を木立の狭間から双眼鏡片手に覗き見する者がいた。 この辺一体の土地を治める仁室澤(にむろざわ)家の一人娘、明日香(あすか)お嬢様だ。 慎ましい美しき神父を密かに恋い慕い、お屋敷を抜け出しては日々盗み見している内気なお嬢様なのだ。 「神父様と一度でいいからおしゃべりしてみたいわ」 「神父って、今にもぶっ潰れそうなボロ教会のか? ジジィに惚れたのか?」 お屋敷に帰るなり片思いに浸ってバルコニーで独り言を連発していたお嬢様、不躾な言葉を浴びせられて不愉快そうに背後を睨み据えた。 「ジジィ神父は去年に草葉の陰へ引っ込まれましたわ。今は別の方が神父ですのよ、お兄様?」 仁室澤家の次男、スキャンダラスでトラブルメーカーの(たすく)は危うい獣性の魅力滴る双眸を意味深に細めた「へぇ~~」とアホのコみたいな相槌を打った。 後日、暇潰しに数十年振りに日曜礼拝へ参列した丞。 「我らを試みに会わせず悪より救い出したまえ」 オンボロながらも木造で暖かみのある教会で祈りを捧げる織人神父。 丞は一目で心を奪われた。 「神父様、織人、お前はどんな誘惑にも打ち勝つのか?」 天井窓から夕陽の差し込むロマンチックな黄昏刻、丞に壁ドンされた織人もその獣性滴る双眸に心の臓を射抜かれた。 「……許さないわよ、ドスケベお兄様」 二人が恋に落ちた一瞬を双眼鏡越しに目撃した明日香はギリギリギリギリ歯軋りした。 彼女は禁断の黒魔術でもって実の兄を呪うことにした。 ドスケベな丞に相応しい呪いを片目と引き換えにして捧げたのだ……。 「丞さん、いけません、こんなこと……ッ」 庭を彩る花よりも夜を彩る月よりも綺麗な織人。 男相手なんて初めてだが。 全く何一つだって問題ない。 「織人、顔を上げろ、俯いてたらキスできないだろ」 「ッ……」 「強情神父め」 「あっ」 俯いたままでいる織人を顎クイした丞は……目を見開かせた。 日焼けに疎い白い頬がほんのり薄紅に染まっていた。 切れ長な双眸を縁取る睫毛は微かに震えていて。 切なげに熱せられた視線は真っ直ぐに丞だけを……見つめていた。 かつて一度も身に覚えのない興奮に撃ち抜かれた丞は欲望のままに織人にキスしようとした。 しかし次の瞬間。 「う」 かつて一度も身に覚えのない苦痛に全身を貫かれた。 「ううううううッ!?」 「丞さんっ?」 血肉の内側で骨がバラバラになるようなトンデモ感覚に思わずその場にしゃがみ込んだ。 驚いた織人もすぐに座り込んで丞の顔を心配そうに覗き込む。 「どうしましたっ? お腹痛いんですかっ? トイレ行きますかっ?」 ち、違う、腹痛じゃない、そんなレベルの痛みじゃないーーーーーー 「うううううう」 「え」 「ウウウウウウ」 「丞さん、貴方」 「ウウウウウウッ!!」 目の前で起こった出来事に織人は絶句した。 長身でしなやかながらもさり気なく筋肉質で均整のとれた体つきで男前だった丞が。 床に蹲って苦しげに呻いていたかと思えば。 あれよあれよという間に。 ピンと鋭く立ち上がった三角の立ち耳。 破れたスーツから覗くのは黄褐色・灰色・黒・白が交じり合う、もふもふ。 そう、もっふもふだ。 もっふもふのふっかふかの毛。 スラックスがビリッと破れたお尻からはふさふさした長い尻尾がピシャリと空を打つように飛び出ていた。 「ウウウウウッ!?」 な、なんだよコレ、どうなってんだよ!? 「ウウウウウッ!!」 織人、織人っ、今の俺どうなってんだ!? この手なんだよ!? 肉球あんじゃねーか!! 「あら、お兄様、どうなさって?」 呪いを届けた張本人である明日香が開放された教会の出入り口からコツコツとやってきた。 獣の姿と成り果てた我が兄を見下ろしてさも愉快そうに笑う。 「ウーーーッ!」 「やだわ、ウーウー鳴かれたって、私、獣語はさっぱりわかりませんわ」 お兄様が私にあんまりにも酷い仕打ちをなさるものだから。 私、お兄様を呪って差し上げましたの。 愛する人に性的興奮を覚えると獣になる呪いを。 「ウウウウッ!?」 「呪いだなんて、そんな、明日香お嬢様……」 眼帯お嬢様ははたと我に返った。 獣兄に寄り添って自分を見上げてくる想い人にぼっふん赤面すると、直ちに回れ右、駆け足で教会から走り去っていった。 まさかの呪い発言にブチギレた丞は咄嗟に妹の後を追おうと。 「おい、待てッ、明日香ッ……て、あれ?」 獣の姿から元の人間の姿に戻った丞。 急ピッチでころころ姿を変えられ、ありえない展開に神父らしからぬ動揺ぶりで胸を掻き乱されて我を忘れた織人は。 「丞さん……!」 思わず丞を真正面から抱きしめた。 嘘だろ、あの織人が自分から俺を抱きしめるなん、て……。 「ウウウウウッ!!」 「あっ」 織人の腕の中で丞は再びもふもふ狼になってしまった。

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