46 / 195
【挙手】学校七不思議に触手は入りますか!?/触手×転校生←変人上級生
公平は転校生だった。
父親の仕事の都合でお引っ越し、友達と別れるのは淋しかったが夏休みに遊ぶ約束をし、高校一年生、六月、中途半端な時期において新しい生活が始まった。
「こーへー君、制服間に合わなかったって?」
ストライプ柄のシャツにネクタイ、ネイビーのスラックスという制服姿のクラスメートに対して、一人だけオフホワイトのポロシャツにチェックのスラックスという前高校の制服を着ている公平。
「うん、なんか手違いがあったみたいで遅れるって」
クラスどころか学校全体で目立っちゃうよな、違う制服って、恥ずかし。
休み時間、親切な隣席のクラスメートとその友達に公平はざっと学校を案内してもらった。
外では雨がしとしと降り頻っている。
裏庭の紫陽花が満遍なく濡れて淡い色彩を零していた。
「で、あっちは旧校舎」
クラスメートが窓越しに指差した先には古めかしい木造校舎が。
「間違って行かないよーにね」
「あそこは出っから」
「え?」
「うわ、その話もうする? 転校生にはヘビーじゃない?」
「しとかないと!名物七不思議!」
七不思議?
小学校でちらっと聞いたことはあったけど高校で七不思議だなんて、こどもっぽいというか。
「今ばかにしたろ、こーへー君?」
「ウチのはガチだよ」
休み時間が残り半分になる頃、生徒が行き交う廊下の隅っこで公平はクラスメートから七つの不思議を聞かされた。
1◆水の流れる音がする無人のトイレ
2◆人影がちらつく立ち入り禁止の屋上
3◆トルソーが動き出す旧校舎の家庭科室
4◆プロ並みのソナタが聞こえてくる夜の音楽室
5◆標本が勝手に入れ替わる実験室
6◆朝練前からボールが散乱している体育館
7◆持ち物がいつの間に消え失せる視聴覚室
「で、ラスいちっていうのがさ、」
「? もう七つ言わなかった?」
「ウチにはオマケ七不思議があんだよ」
「うわ!噂をすれば!」
周りにいたクラスメートどころか他の生徒も急にざわつき始めて公平はきょとん。
「あれがオマケ七不思議、学校の怪人っ」
「鈴木パイセン」
「七不思議スポットにしょっちゅー出没する三年」
オマケの七不思議、学校の怪人、三年生の鈴木先輩。
公平の目には普通の高校生に見えた。
ちょっと長めの黒髪に第一ボタンまできっちり締められた半袖の制服シャツにネクタイ。
手首にはシンプルな腕時計。
眼鏡レンズの下には糸目なる狐目が。
移動教室らしく小脇にテキストを抱えた鈴木は制服が違う公平を何気なく見、学校の怪人と転校生の視線は交わった。
鈴木先輩、かぁ。
雨は降り続く。
「主 さん、惜しいですね、国語の選択問題、一つ間違えていました」
白っぽいカーテンに閉ざされた室内。
外から聞こえてくる雨音に鈴木の愉しげな声が紛れた。
「間違えていなければ満点でしたよ。残念でしたね」
旧校舎、家庭科室。
大きな長テーブルが数台置かれ、片隅には採寸に使われていた例のトルソーが。
「次は何の勉強がいいですか? 算数? 今日はかけ算に挑戦してみますか?」
がたん!
鈴木は振り返った。
俊敏に身を翻すと物音がした後方の出入り口なるドアへ、細く開かれてできた隙間に肩を竦め、手を伸ばしてさらにドアを開く。
「あらら」
ドアの向こうで見事に腰を抜かして尻もちをついていた公平に鈴木は目を丸くした。
放課後、一人で学校を歩き回っていた公平はオマケ七不思議こと鈴木先輩を見かけ、好奇心に促されてこっそり後をつけた。
旧校舎で見失って、木造の建物をしばし彷徨い、校内に静かに響いていた雨音の最中に鈴木の声をかろうじて聞きつけて訪れた旧家庭科室。
どきどきしながらドアを細く開いてみれば。
鈴木は触手に勉強を教えていた。
「主さん、って言うんです」
「は、はぁ……主さん、ですか」
「公平君、主さんとお友達になってくれませんか?」
長テーブルを挟んで鈴木と、触手の主さんと向かい合っていた公平は、困った。
にこやかな鈴木の隣でうねうね、うにょうにょ、蠢いている主さん。
不気味だ。
怖いし。
生々しいピンク色で卑猥なぶっとさで。
あまりお近づきになりたくない部類であるのは確かだ。
どうしよう、俺、主さんと仲よくできる自信、ない。
「これまで他の生徒に見られたことも、あるんです」
頬杖を突いた鈴木、その片腕には主さんがうにょうにょとじゃれつくように纏わりついていた。
「みんな失神して記憶を飛ばしていました」
「へ、へぇぇ……」
「あまりにもショックで脳が受け付けなかったのかもしれないですね」
「は、はぁ」
「でも公平君は腰を抜かした程度で、ね? 平気みたいだから」
平気じゃないです。
今だって、テーブルでうねうねしてるヤツが、俺の方に来たらどうしようって、びびってます。
「すみませんけど」
公平が断ろうとしたら。
鈴木はとっても残念そうな表情を浮かべた。
「そうですか」と、シュンとした様子で触手をイイコイイコと撫でている。
鈴木先輩って、きっとすごく優しい人なんだろうな。
だって触手に勉強教えてるんだよ?
触手にだよ?
動物園のライオンとか象の飼育係だって触手相手に勉強教えるなんてきっとできないよ?
『惜しいですね、国語の選択問題、一つ間違えていました』
鈴木の保母さんみだいだった優しい声音を思い出した公平はぎゅーーーっと膝上で拳を握った。
「あ、あの、俺でよかったら……」
公平がそう言えば鈴木は素直にぱぁぁぁっと表情を明るくした。
「ありがとう、公平君、嬉しいです」
「あっ……別に、そんな」
「じゃあ握手しましょうね」
「えっ(どきどき)」
「主さんと」
(うッわ……)
翌朝。
覚えたばかりの通学ルートを辿って学校の校門に差しかかっていた公平は、肩をぽんと叩かれ、クラスメートかと思って振り返れば。
「おはようございます、公平君」
鈴木先輩だった。
不意打ちなる学校の怪人出現にどきっっとした自分自身に、公平は、首を傾げる。
「違う制服なのですぐにわかりました」
なんだろう。
鈴木先輩みたいな人、前の高校には、ううん、中学にもいなかった。
みんなは不気味がってるみたいだけど。
俺からしたら不気味っていうより、怖いっていうより……。
うーん、なんだろ?
「今日は音楽を教える予定です」
「えっ?」
「主さんに。主さんはピアノが大好きなんです」
「……もしかして屋上にもたまに出たりしてます?」
「はい。日向ぼっこも主さんは好きです」
この学校に蔓延る七不思議の謎が解けてきたような気がする公平だった。
放課後、部活動が済んで生徒がいなくなったはずの特別教室前にやってきた公平は目を見開かせた。
確かにプロ並みの演奏が聞こえてくる。
演奏の妨げにならないよう、そっと扉を開いてみれば。
「また上達しましたね、主さん」
鈴木と主さんが連弾していた。
天井板の一部が外されてそこからにょろにょろぐにょぐにょ伸びた触手が鈴木の両隣で鍵盤を滑らかにはじいている。
感動した公平、後ろ手で扉をそっと閉めて鈴木と主さんの演奏会に聞き惚れた。
「もっとテンポを上げてみますか」
愉しそうな鈴木の横顔。
確かな腕前で主さんを上手にリードしている。
すごい、鈴木先輩。
あれ、また、どきどきしてきた。
こんな気持ち初めてなんだけど。
まさかこれって。
我に返れば止まっていたピアノ演奏。
立ち上がった鈴木がうねうね蠢く主さんをバックに公平へ笑いかけていた。
「公平君もいっしょに弾きませんか?」
「あ……俺、ピアノできないです」
「じゃあトライアングルでも(チーン)」
「あ、トライアングルなら(チーン)」
トライアングルの澄んだ音色がやたら胸に響いた公平なのであった。
それからというもの公平は鈴木と主さんとちょこちょこ放課後を過ごすようになって。
最初は怖くてキモくて生理的に受け付けられないと思っていた主さんにも自然と免疫がついて。
「今日の宿題むずいなー」
今ではいっしょに勉強している。
「あ。ありがとう、主さん」
一度にエンピツもシャープペンシルもコンパスも定規も消しゴムも持つことが可能な主さんに間違った回答をゴシゴシ消してもらい、公平、感謝する。
「鈴木先輩ってすごいですよね」
旧校舎の家庭科室、鳴り止まない雨音、動き出さないトルソー。
「見た目で判断しない、冷静に物事が判断できるっていうか」
「僕は普通です」
向かい側で頬杖を突いている鈴木の言葉に公平は首を左右に振った。
「普通っていうのは俺みたいなの、です。何の取り得もなくて。成績もふつーで。どこにでもいそうな平凡なヤツ」
「公平君に取り得がないなんて、そんなことないです」
「え……?」
「柔軟性があって順応性がとても高いと思います」
公平は赤くなった。
胸の奥でどきどきが増して、困って、勉強に集中しているフリをして俯いた。
どうしよう。
優しい鈴木先輩のこと好きになりそうだ。
「主さん、居眠りしてますね、疲れましたか? 一休みしましょうか」
ううん、もう、好きになってる。
「ねぇ、主さん、俺、鈴木先輩のこと好きになっちゃった」
その日、鈴木は用事があって遅れるとかで、旧校舎の家庭科室で公平は主さん相手にぶっちゃけた。
「主さん、先輩にはナイショだよ? 先輩って好きな人とかいるのかなぁ……、……、……主さん? どうかした? え、主さん? ??? うわ……っえ、え、え……っうわぁぁぁぁッッッ!?」
ともだちにシェアしよう!