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とらとらとら!-3

息子が虎に姿を変えられてしまった。 『わしに刃向かうとこうじゃ!』 最初、虎に姿を変えられたのは父親である僕の方だった。 近隣住民の方々がたいへん迷惑しているゴミ屋敷に近所代表として、なるべく低姿勢を心がけて注意しに行ったら、魔法使いの眷属だという主人から虎にされてしまったのだ。 だけど虎化は自然と解けて僕は元の人間の姿に戻ることができた。 『……俺も、一緒に……虎になりゃ、よかったぁ……』 いや、自然と、ではなかったのかもしれない。 息子であるツカサは身を挺して発情した僕の交尾相手となってくれた。 かけがえのない家族の愛情が魔法を解いてくれたのかもしれない。 『だけどやっぱ理不尽な話だよな、あのゴミ屋敷のじじぃ、怖くて会いたくねーって思ったけど、あのヤロー……』 そんなツカサは僕の制止も聞かずに一人ゴミ屋敷へ行ってしまった。 全力で止めるべきだった、付き添うべきだった。 だけど僕は夕食を食べている最中で、どうしても肉汁滴るレアステーキを完食してしまいたかったのだ、グルル……ああ、いけない、まだ完全に虎のときの癖が抜けていないようだ。 とにもかくにも、それから家へ戻ってきたツカサは、すでに虎の姿となっていたのだ。 「みゃーみゃー!」 なんともかわいらしい虎息子に。 「あっらぁ、今度はツカサ君が虎にされちゃったの?」 「はい、そのようでして」 「やーねぇ、親子してあのゴミ屋敷のじーさんから虎にされちゃうなんて、ほんっと、あのじーさん困った人ねぇ」 近所付き合いのあるお隣さんの訪問を受け、玄関で話していたら。 虎息子がよちよち歩きでものにぶつかりつつ廊下をやってきた。 「あらやだ! かんわい~!」 「ツカサです、よいしょ」 成体と比べればそりゃあ小さいこどもだけれど、猫や犬のこどもよりかはずっしり重みのある虎息子を抱き上げる。 「みゃーみゃー!」 「あらまーこれがあのツカサ君なの! でも中学生にしてはちょっとちっちゃくなぁい?」 「いえ、ツカサです、わかります」 「そーお? 親子の絆ってやつかしらね?」 おかずのお裾分けに来てくれたお隣さんを見送り、片手にお皿、片腕に虎息子を抱いて台所に向かった。 ずっとにゃーにゃー鳴き続ける虎息子を一先ず足元に下ろして自分の食事を始める、ああ、お腹が空いた、お隣さんのローストビーフは絶品なんだ、でも、もうちょっと生に近くてもいいんだけれど。 「ツカサ、足をかじったら痛いよ」 足元でもぞもぞしていたかと思えば、靴下を履いた僕の足にがぶがぶ噛みついてくる虎息子。 痛みより食欲が勝った僕は夕食を手早く済ませると膝上に虎息子を乗せた。 ちゅぱちゅぱちゅぱ 指を差し出せば虎息子は無心で指しゃぶり。 ぐるぐる唸りながら、ずっと、ちゅぱちゅぱ僕の指をしゃぶる。 「ツカサ、僕の指、おいしいのかい」 虎息子は返事をしない、僕の指しゃぶりにとにかく夢中だ。 「ツカサ、僕、明日あのゴミ屋敷に行って、元の姿に戻してもらうようお願いしてくるよ」 ちゅぱちゅぱ中の虎息子のあたまを撫でながら僕は話しかける。 「もしかしたら、また、僕が虎に変えられてしまうかもしれないけれど」 「みゃー」 「もしかしたら次は一生元に戻らないかもしれないけれど、それでも、ね」 後片付けをして、虎息子といっしょにお風呂に入って、その日は虎息子といっしょに眠った。 次の朝、目覚めてみれば。 「ん……」 虎息子は元のツカサの姿に戻っていた。 ああ、よかった。 でも、二人いっしょに虎になってグルグル仲良く過ごすのも悪くなかったかもしれないね、ツカサ?

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