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狼と犬と狐-5

清らかな白雪に散るはそれはそれは鮮やかな、 「歯ぁ食い縛れ、俺を見ろ、勝手に死ぬんじゃねぇぞ」 死の恐怖に貫かれて何もかもが真っ暗闇に閉ざされかけていたというのに。 その声は確かに我が身に届いた。 「この俺がお前を死神になんざ渡さねぇ」 貴方は世界を半分失った俺のもう一つの目だった。 俺の光だったんだよ。 それなのに。 「仲間よりも守りたいものができちまったんだ、リコ」 光に裏切られた俺はどうしたらいい……? 「おれに捕まるの、待ってるもん、ディス」 日が傾き始めた夕刻、湖の畔にて。 あどけなく笑う月からその言葉を聞いた瞬間、ディスは。 「ッ!ッ!ッ!ッ!」 顔面隅々まで真っ赤になって何も言えねぇ状態で思いっきり月を突き飛ばした。 「あ」 結果、月は湖にぼちゃん。 「つ、月、てめぇッ、このガキッ、思い違いも甚だしいんだよ!」 地団駄まで踏んでプンスカしているディスの眼下で獣化した月、上機嫌でばしゃばしゃ水浴びを始めた。 「……水飛ばすんじゃねぇ、バカ犬」 「ディスも! いっしょ水浴びしよー!」 「お前なぁ、この時分に水浴びしたら風邪引く、」 「くしゅん!!」 「早く上がれバカ犬!!」 周囲を泳ぎ回っていた魚たちに「びっくりさせてごめん」と謝ると月は大量の水滴を散らして岸にざばりと上がった。 真っ白毛をずぶ濡れにして、自分が突き落としたくせに呆れ返っているディスをじぃぃぃっと見つめてくる。 「なん、だよ」 「キューンキューンキューンっ!」 「ッ……」 「クーンクーン!キュンキュン!キューーーン!」 全力かまってかまって攻撃にディスはダメージを受けた! 「こ、このガキが……しょうがねぇな、今日は特別だからなッ」 お行儀よくお座りしてキュンキュン鳴いていた濡れ月を珍しく撫でてやるディス。 ぎこちない愛撫に月はきもちよさそうに目を閉じて掌にスリスリした。 ディスになでなでしてもらうの初めて。 ピアスや玉藻とは、ちょっと違う。 なんか雑。 荒っぽい。 テキトー。 でも一番きっもちいい!! 「あっ」 ディスに初めて撫でてもらってテンションが上がった月はこれまた全力で彼に猛アタックした。 無邪気な急襲に受け身がとれずに後ろへ倒れ込んだところへさらにガバリ。 わなわなしていた顔をべろんべろん舐めまくった。 「おいッッ、やめろバカ犬ッ、今度は滝に突き落とすぞッ、んぷ!?」 ハイテンションの真っ白犬に唇まで舐められてディスはすこぶる目つきの悪い双眸を限界まで見開かせた。 しかもその最中に月がヒト化して。 ヒト化しても尚、夢中で唇ばかり舐めてきて。 ディスは褐色頬どころか狼耳まで真っ赤にした。 「や……ッやめッ……やめッ……」 俊足を誇る黒狼の群れの中でも走りの速い若雄は格下だと詰った年下の真っ白犬を退けることもできずにカチコチになった。 魚たちがぴょんぴょん飛び上がってパシャパシャ湖面を鳴らしている。 茜色に染まった世界が畔で重なり合った犬と狼を柔らかく包み込んでいく。 「この森に捨てられてよかった」 濡れた真っ白髪をディスに滴らせて月は笑った。 「おれっ、ディスに出会えて一番よかった!」 月はディスをお気に入りの場所へ連れて行った。 頭上で幾重にも交差する枝から離れて降り積もった落ち葉のベッド。 夕日が差してぬくぬくした暖かい日だまり。 ほぼ同じサイズのモフモフとモフモフが仲よくじゃれ合っている。 いや、月が嬉しそうにディスにくっついていて、漆黒毛並みを頻りに毛づくろいしている。 「クーーンっっ」 「……グルル」 ディスも、仲間以外に初めて、お返ししてやる。 ぎこちないながらもグルーミング。 顔や耳の辺りを舐めてやれば月は正にうっとり、した。 風もないのに新たな落ち葉がふわりふわりと落ちてくる。 夕刻と夜の境目で時間も忘れてモフモフし合う真っ白と漆黒。 「きもちいい」 ヒト化した月は落ち葉をカサカサ言わせて抜群に毛艶のよくなったディスをぎゅっとした。 「おれ、溶けちゃいそう」 「……溶けてなくなっちまえ」 「ディスもヒト、なって?」 「……」 月のお願いにディスはちょっとばっかし間をおいて応えた。 月の腕の中でヒト化して、じろり、上目遣いに睨んでくる。 そんなディスに月はスリスリと頬擦りした。 「ディスもきもちいい?」 サラサラした真っ白頬で褐色頬を温められ、くすぐったいディスはぎゅっと目を閉じた。 「……ん」 「きもちいい?」 「……うん」 くっつけていた頬を離してみれば顰めっ面ながらも目を瞑ったディスがそこにいたので。 嬉しくて堪らない月は迷わず口づけした。 この腕に捕まるくせに抱擁すれば逃げていた狼を繋ぎ止めることができた喜びで胸がいっぱいで。 「ッ……ン、ン……?」 いっぱい、いっぱい、キスした。 黒髪に五指を潜らせ、唇奥を探るように舌をそよがせて、深く深く、余すことなくその感触を知りたくて。 「ぅ……ッ……ぅぅ……ッ」 うっとり閉じていた目を開けば息苦しそうに眉根を寄せたディスが視界に入った。 見慣れない表情に、そわそわ、そわそわ。 壊れそうなくらい、どきどき、胸が騒ぐ。 あの感覚に体中を満たされた月は素直にそれに従った。 一方、幼い頃から走ることにばかり専念する日々を過ごし、こういうことにてんで免疫がなかったディスは。 「おま、お前……ッンでこんな……ッすげーんだよ!?」 口内まで熱烈に舐め尽くされてすっかり涙目の若雄黒狼、いやに手慣れている月にキレ気味に問いかけた。 「ピアスと玉藻に教えてもらった!」 は? ボスと、あの尻軽狐に? 「なんだよ、それ」 顔を逸らしたディスは上下満遍なく濡らされた唇をゴシゴシして仏頂面に、急に不機嫌になった彼に特に戸惑うでもない月は目の前に来た耳たぶをパクパク、甘噛み。 「か、勝手に人の耳噛むなッ」 横向きになったディスを背中から抱きしめて、黒髪の先っちょまではむはむして。 うなじもぱくっ。 ピアスに教えてもらった甘噛みでうなじをパクパクしながら前に回した手で腹を撫でた。 「や、めろ、腹触んなッ」 服を捲り上げて、直接、素肌に触れる。 褐色肌にくすぶる微熱を掌で確かめてみる。 「ッ……くすぐって、ぇよ」 文句ばかり言いながらも自分の手を振り払おうとしない、逃げようとしない、腕の中にいてくれるディスに月は。 「かわいい、ディス」 「は……!?」 プライドが総崩れになる発言に仏頂面を取り戻し、ディスがぐるんと勢いよく振り返れば、笑顔が止まらない月とバッチリ目が合った。 そのまままたキスされる。 はむはむ、される。 ぱくぱく、される。 「~~~……ッ!」 唇を甘噛みされて、何ともくすぐったい甘い刺激にディスはまたぎゅっと目を閉じてしまう。 やっぱり、かわいい、ディス。 もっとさわりたい。 もっとくっつきたい。 「ッ……お、い?」 腹をなでなでしていた月の手が俄かに降下した。 服越しにソコを撫でてみる。 「あ」 「ちょ、おい、バカ犬ッ」 「これ、たってるの、ディス?」 横向きから腹這いにされてディスはぎょっとした。 背中にのしっとやってきた月は興味津々に若雄の下肢を触り続ける。 なんだ、これ。 こいつ、こんなに重かったのかよ? 振り払えねぇ。 落ち葉ん中に沈みそうだ。 「や……やめ……ッ」 「きつそう。服、脱がすね?」 「ッ……ッ……ッ」 「あ。やっぱり。おっきくなってる」 若雄のペニスに右と左全ての五指が絡みついてきた。 健やかに逞しく育った先っぽも、張り詰めた竿も、根元の膨らみまで。 真っ白な両手に忙しなく撫で回された。 「あ……ッ……ぅぅ……ッ」 「ディス……どんどんかたくなってる」 「ッ……ぅぅぅぅ……!」 「体も。すごく熱い」 そう言う月自身もすでに熱い。 「あ……ッふぅ……ッふぅぅぅッ」 触れれば触れるほどペニスを硬くし、狼耳や肩をピクピクと震わせ、懸命に声を抑えているディスが可愛くて仕方ない。 「ディス……交尾……」 「ッ、ッ……今、なんつった……?」 「ディスと交尾……したい」 自分より年下の雄犬に交尾したいと言われた若雄黒狼。 おっかなびっくり肩越しに視線を向けてみれば。 「おれ、ディスと愛し合いたい」 夕焼けの残滓を掬い上げて妖しげに濡れる赤まなこに心を囚われた。

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