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触らぬオオカミに祟りなし!?/絶倫狼獣人×のほほんパパ+しっかり息子

「ここは本当に空気がおいしいですね、空気だけでお腹いっぱいになりそう」 父親の言葉に息子は肩を竦めてみせた。 「じゃあ今日の晩ごはんのオカズ、空気でいい?」 「それは困ります、夢君」 父子はつい最近この田舎に引っ越してきた。 山があって田んぼがあって川が流れている、正にthe・田舎。 「今日はお庭に蛇が出ましたよ」 カットをさぼって伸び気味の髪を後ろで一つ結びにし、やたら古臭い瓶底眼鏡をかけた父親の最上尤利(もがみゆうり)、三十五歳、のほほんと報告する。 リノベーションもされていない、オシャレなカフェ風でもモダンでも何でもない、ありのままのオンボロ古民家。 だだっ広い庭では草がぼーぼー生い茂り、名称不詳の木が鬱蒼と枝葉を伸ばし、正にすべてが手つかず状態。 しかも。 「お父さん、あの祠って何かわかった?」 中学三年生でしっかり者の一人息子、新しい教室にもうすっかり馴染んだ夢樹(ゆめき)の質問に尤利は首を左右に振った。 「ご近所さんに聞こうにも、一番近い所で歩いて二十分、日中はいつも畑仕事に出られていて」 「つまり何にも情報収集できてないわけだね」 庭の隅っこに構えられた小さな祠。 中には石ころがたくさん詰まっていた。 書かれた文字も読み取れないくらいにぼろぼろのお札がぺろんと張られていた。 「きっと土地神様が祀られてるんです」 最近は下駄で周辺をカランコロン、傍目には「この人何してる人なの?」という風貌の尤利、実はライトノベル作家であり、ノスタルジックな怪奇幻想と今流行りな異世界ファンタジーを融合させたシリーズものが売り上げ好調でコミカライズされ、現在は実写化に向けた制作も進行中、幅広いファン層に支持されていた。 「ふーん、土地神様ね。おかわりいる?」 「おかわりください」 この時の最上父子は知る由もなかった。 祠がつくられた本当の意味を。 祀るためのものではなく、封印するためのものだということを……。 「やっと再会できたね、先生」 最上父子がこんなド田舎に引っ越してきた理由、それは。 ストーカー。 覆面作家に徹底し、出版社の記念パーティーに一度も顔を出さず、サイン会も催したことがない尤利。 かつて作品に惚れ込んだ熱狂的ファンに面バレしたことはあった。 しかし今回は尋常ではなかった。 警察にも相談した。 「あんた男でしょう」とまるで相手にされず、あまりことを大きくするのも避けたく、前住居をストーカーに嗅ぎつけられた尤利は引っ越しを決意したのだが。 「今度こそ、先生と」 夕方と夜の中間、逢魔が刻。 庭に入ってきたストーカーはホースで雑に水撒きしていた尤利へナイフを翳す。 「先生、愛してます、おれといっしょに死んで」 そこへ。 友達と遊んでいた夢樹が帰ってきた。 ストーカーは夢樹のことを邪魔者扱いしていた。 これまで自分達を散々脅かしてきたストーカーとの邂逅に思わず立ち竦んだ彼の方へナイフの刃先を変えた。 標的を変更した凶器に我を忘れた尤利は草ぼーぼーな地面を蹴る。 大事な息子を守るため非力ながらも応戦しようとした。 虚空を切り裂くように振り翳されたナイフ。 次の瞬間、僅かながらも赤い雫が飛び散った。 「う、わっ」 声を上げたのはナイフを振るったストーカー自身だった。 眼鏡を落とした尤利はその場にしゃがみ込み、普段はのほほんとしている父親に庇われたしっかり者の息子はぶわりと涙を。 「お父さん……っ」 「……だ、大丈夫、夢君、お巡りさん、お巡りさんを呼んでください」 「ケータイは圏外! 交番ここから走って三十分! この……ッこんなド田舎来る暇あるなら学校行けよ! 暇人!」 頬を切られた尤利は慌てて手拭いで押さえ、父親に寄り添った夢樹は呆然としている高校生ストーカーに涙ながらに声を荒げた。 カタカタカタカタ 緊迫していた空気にふと妙な気配が紛れた。 ただでさえ非日常な出来事に気が動転していた彼らは覚束ない視線で辺りを見回し、そして、妙な気配の出所を発見する。 祠の中の石が小刻みに揺れていた。 揺れていたかと思えば、一つ、また一つ転がり出て。 風もないのに忙しげに揺れるお札。 ぼろぼろな紙切れに新たに点々と滲むのは尤利の血だ。 ビリィッッッ お札が独りでに縦真っ二つに裂けた。 裂けるなり中の石ころが外に向かって勢いよく飛び出した。 「いだぃッ」 いくつかもろに浴びたストーカー、尤利は反射的に夢樹に覆いかぶさった。 「ウグゥァァァァ……ッッッ」

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