89 / 195

ご主人様はペット希望!?-6

優雅に連なるソメイヨシノに抱かれるようにして佇む桜ノ森学園。 その学園で「桜ノ神」と呼ばれる一人の男子生徒がいた。 彼の名は有栖川玲。 廊下で擦れ違えば桜の木の化身さながらに薫風がふわりと香りそうな、瑞々しい気品に満ち溢れた少年。 最近、そんな玲に影の如く寄り添う男子生徒がいる。 彼の名は緒賀狂也。 少し前まで玲にストーカー並みに付き纏っていた変態下級生男子だったはずが、ある日を境にくどい変態性が急に成りを潜め、反対に昏々と眠りについていた男前度がぐっと上がり、姫君を守る騎士さながらに玲のそばに控える姿がこのところ見受けられた。 まぁ、実のところ。 玲の飼い犬であったアンジェラと狂也の中身が入れ替わったことで劇的変化を迎えたわけで。 しかし今現在は。 「はぁぁぁぁ~これが桜ノ神の視界~何だかキラキラ鮮やか~」 「やめろ、緒賀、玲はそんなニヤけたりしない」 玲にINした狂也が妙な真似に至らないようアンジェラが監視しているわけで。 はぁぁぁぁ、桜ノ神にINしてるなんて、最高ぉぉぉ。 だってこれ、せっくす軽く凌いじゃうよね? だって桜ノ神の中にいるんだもん! ガチ合体だもんね! 「緒賀、よだれ、出てる」 アンジェラはできる限り監視を続ける。 しかしさすが桜ノ神だ。 アンジェラと狂也の場合、中身に影響されて印象が大分変わったが、変態男子の狂也がINしようとその美貌は崩れることなく保たれている、いやはや最高の入れ物である。 「零してる、緒賀」 昼休みのカフェテリア、お行儀悪く食事する狂也にアンジェラは眉を顰めっぱなし。 近くでランチをとっている生徒達の視線をまるで気にすることなく、常備しているハンカチでデミグラスソースのついた口元を拭ってやる。 自分はナイフとフォークでステーキをキコキコ切り分けては粗相することなく食していた。 「なんでそんな優雅にお食事できんのよ、犬のくせに」 「玲が食べるの、そばでずっと見てた、だから覚えてる」 「けっ、犬のくせに」 「……玲の体じゃなかったら、その首、咬みつく、緒賀」 玲にINしている狂也はオムライスを食べながらフフンと笑う。 「へへーん、だから今の俺には手を出せないもんなー、忠犬ハチ公わん?」 「……ハチ公じゃない、アンジェラ、玲がつけてくれた名前、間違えるな、くそ緒賀」 「うわ! そんな汚い言葉、いーの? 桜ノ神、悲しむよ?」 アンジェラにとって最悪な現状だった。 優位な立場でいる狂也は完全に上から目線だ、イスに踏ん反り返って偉そ~に両腕を組んでいる。 早く玲と緒賀、元に戻ってもらわないと、こんなの嫌だ、玲が可哀想。 でも、元に戻るには、多分、また痛い目、遭わないと、だめ。 玲が痛い目遭うの、可哀想、もっと嫌。 でも、だから、でも、だから。 「デザートのアイスクリーム食べようっと」 「……玲の体、でぶらせたら、緒賀、咬む」 テーブルを立った狂也はイスに座ったままのアンジェラをフフンと見下ろした。 「咬めるもんなら咬んでみさらせ、アンジェラわん?」 やっぱり、緒賀、大嫌い! 寄道しないよう狂也を有栖川邸へ強引に連れ帰ったアンジェラ。 「玲!」 庭で放し飼いにされていた、アンジェラにINしている玲が駆け寄ってきた。 「クーン」 「玲、大丈夫だった? ごはん、ちゃんと食べた? お水、飲んだ?」 しなやかな体でアンジェラに飛びついた玲、フンフンと匂いを嗅いでいる。 立派な立ち耳にシャープな体つきで鋭い双眸、のはずが、玲がINしているからか、おしとやかさが倍増して気品に漲る大型ワンコと化していた。 「公園、行こう? もっと広いとこ、行こう」 「ワン」 「行ってらっしゃーい」 「緒賀、お前も来る、来い」 アンジェラと玲が仲睦まじく戯れるのを遠目に眺めていた狂也、ブンブン首を左右に振った。 「やーでーす。だってあのドッグラン、大型犬びゅんびゅん走り回ってんだもん! こえーよ!」 「弱虫、びびり虫」 「なんとでも言え、俺はお昼寝しまーす」 三階建てのお住まいへ一人戻っていく狂也を連れ戻そうとしたアンジェラだが。 くいっと、制服を引っ張られ、視線を下にしてみれば玲が噛み千切らない程度に健気に服の裾をくわえていた。 アンジェラは笑顔で跪いた。 「玲、かならず、元通り、してあげる」 「クーン」 「公園、行こ」 アンジェラにヨシヨシされて玲は嬉しそうにキュンキュン鳴いた。 最初はこの先どうなるのかと不安で堪らなかった。 だけど。 アンジェラの姿で駆け回っていると、何だか、何もかもどうでもよく思えてきて。 風を切って走ることがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。 アンジェラにINした玲、実は入れ替わりの日々を意外なくらい満喫していた。 家から三十分ほど歩いたところにある、住宅街外れに造られた会員制のドッグラン、天然芝でカフェやトリミングサロンも併設されており、遠方からも愛犬家が車で利用しにやってくる充実した施設だ。 平日の四時近く、ちらほらと利用客がいる中で玲はのびのび走り回る。 人間の体では味わえなかった疾走感につい夢中になる。 アンジェラを置き去りにしてしまうほどに。 「玲、遠くに行かないで」 アンジェラが呼んでる。 でも楽しくて止まれない。 体育は少し苦手で全科目で一番成績がよくなかったのに、今では、ほら、こんなに速く走れる。 犬ってすごい! 全速力で緑色の芝生を走り回っていた玲だが。 いつの間に、その隣に寄り添うようについてくるシルエット。 まるで玲の影のように見えるのは、その犬が全身艶々とした黒毛に覆われたオールブラックの体だから、だ。 色違いのしなやかな大型犬が悠々と走り回る姿は他の利用者の視線を自然と招き寄せた。 ……あれ、このコはもしかして。 隣をついてくる存在にやっと気が付いた玲は速度を緩めた。 ここで何度も見かけたことのある黒シェパード。 それもそのはず、このドッグランで飼育されている看板犬の。 「こんにちは、ライル君」 玲は何ともなしに看板犬君のライルに挨拶した。 すると。 「よぉ、アンジェラ」 ……え? ……うそ、今の、ライル君の声? アンジェラにINしている玲、今更ながら犬の声がわかることに気が付いて驚いた。 そんな玲の驚きなど知る由もないライル、のはずが、さすが鋭く賢い犬種だ、じっと窺うように凛々しい双眸で覗き込んできた。 「なんかいつもと違うと思ってさ」 「……え?」 「いつものお前って、あの美人飼い主にべったりで。せっかく広いスペースがあるっつぅのに飼い主の周りをグルグルしてばっか、もったいねーって、呆れてたんだ」 「そ、そうなんだ」 わぁ、ライル君とお話してる、信じられない……。 「今日はすげー楽しそうに走ってたから、俺も思わず、な。誘われちまった」 そう言って、ライルは乱れていた玲の後ろ毛をご丁寧に毛づくろいしてきた。 「えっあっえっ」 思わずどぎまぎしてしまう玲。 くすぐったくて、ちらちら、おっかなびっくりライルを窺う。 「ん? どかした?」 「えっううん……なんでも……」 「俺も頼む」 ライルに頼まれて玲は初めて自分以外のワンコの毛づくろいに至った。 艶々したビロードの毛並みを舌でせっせと整えてやる。 「お、そこ、気持ちいい」 あ、嬉しいな……初めてだけど、ちゃんとできてるみたい。 ライル君の体綺麗だな。 サイズは同じくらいだけど、アンジェラとは違って全身黒だから一段と引き締まって見える。 お返しにと、ライルはいきなり玲の横っ面をべろんべろんしてきた。 「わっくすぐったい……っ」 「変な奴。お前、友達少ないの? こんなの普通だろ?」 「……あ、うん、えっと」 「本当、いつもと違うのな、アンジェラ」 「え……?」 「あんな目一杯走ってたかと思えば急に大人しくなりやがって。面白ぇ」 ライルは普段と様子の違う、アンジェラにINした玲に興味津々、なかなか離れようとせずに。 耳の付け根辺りをべろんべろん。 「あっ」 「えっ」 変な反応をした玲に思わず毛づくろいをストップしたライル。 真っ赤になった玲は「さよならっ」と慌ててその場から駆け出した。 どうしよう、どうしよう。 ライル君にどきどきするなんて。 まさか、おれ、シェパならどのコでもいい、なんていう節操無しなんじゃ。 ……そ、そんなことない! 「あ、玲」 「クーン」 「びっくりした、急にどこか行っちゃうから」 「ワン」 自分を探していたアンジェラにスリスリする、未だどぎまぎが止まらない玲なのだった。 一方、その頃、有栖川邸に帰った狂也は。 「あ……んっ桜ノ神ぃ~~~……!」 さすが変態属性、ひとりHに没頭していた。

ともだちにシェアしよう!