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ご主人様はペット希望!?-7
『君の名前はアンジェラだよ』
大好きな玲。
天使の名前をありがとう。
「緒賀、玲に体を返せ」
「やーだーね」
「くそ緒賀」
「クーーーーン……」
「あ、玲、汚い言葉つかって、ごめん」
優雅に連なるソメイヨシノに抱かれるようにして佇む桜ノ森学園。
その学園で「桜ノ神」と呼ばれる一人の男子生徒、有栖川玲。
「ワン」
わけあって今現在、警察・軍でも飼育され訓練されている、かっこいい、さも聡明そうな立ち耳の大型犬の姿をしている。
「お前は大切な桜ノ神にまた痛い思いしろっていうわけ?」
桜ノ神なる玲をつけまわしていた変態ストーカーの緒賀狂也。
わけあって今現在、つけまわしていた対象である桜ノ神の姿をしている。
「大嫌いな緒賀に玲の姿でいられるの、嫌だ、吐きそう」
桜ノ神がこの世界で愛して愛してやまない大型犬のアンジェラ。
わけあって今現在、大嫌いな狂也の姿をしている。
二人と一頭は入れ替わってしまった。
かなりの痛みを伴う体と体の衝突による入れ替わりは何度か繰り返され、今現在、このような複雑な状況にあった。
放課後だった。
有栖川邸から少し離れた高級住宅地の外れ。
制服姿の玲にINした狂也、狂也にINしたアンジェラは睨み合い、アンジェラにINした玲は立ち耳をぴょこんと尖らせて心配そうに二人を窺っていた。
お願い、危ない真似はしないで、アンジェラ……。
「クーン」
玲が心細そうに鳴いたので、狂也から視線を外してわざわざその場にしゃがみ込んだアンジェラ、黒とタンの短毛に覆われたしなやかな体を優しく撫でた。
そんなアンジェラの隙を見逃さず、狂也は、その場から一目散にダッシュ。
「あ」
逃げ出した狂也にアンジェラはしかめっ面となって後を追う。
慌ててその後を追いかける玲。
胸騒ぎがした。
中身は人間ながらも犬ならではの勘がはたらいた、のかもしれない。
「緒賀、止まれ」
「誰が止まるかっ、ばーーーーか!」
「ばか、ちゃんと前見て、ッ」
「!!」
狂也を追っていたアンジェラと最後尾についていた玲は愕然となった。
狂也の変態バカタレが左右確認せずに歩道へ飛び出し、そこへ……排気ガスを撒き散らして迫りくるトラック。
鼓膜を劈くかのようなクラクションが鳴らされ、そこで二人の運命は……再び交差する。
『アンジェラはね、天使って意味なんだよ』
『わんっ』
出会ったばかりの、小さい、アンジェラ。
おれはアンジェラのことを世界で一番愛したけれど。
アンジェラはおれのことを愛してくれた?
『玲……好き……ずっといっしょ……』
ああ、よかった。
うん、ずっといっしょだよ、アンジェラ?
「……れい……玲……御主人様!」
玲は半開きだった双眸を全開にした。
途端に全身を貫いた痛み。
喉奥から苦しげに呻吟し、捩れた視界に写り込んだのは。
「玲……大丈夫? 大丈夫!?」
狂也の姿をしたままのアンジェラで。
すぐそばではアンジェラの姿をした狂也が呻き声を発していて。
トラックの運転手が必死な形相で119番にかけていた。
「玲……死ぬかと思った……御主人様のばか……」
束の間混濁していた意識をすぐに取り戻した玲、そんな御主人様をぎゅうっと抱きしめ、アンジェラはつい先ほどの出来事を思い出す。
最初、トラックがすぐそこまで迫る中、自分が歩道へ躍り出て狂也に体当たりし、身を挺して大切な玲の体を守るつもりでいた。
それが。
俊足をいかした玲がアンジェラを追い抜いて我先に歩道へ走り出て。
立ち竦んでいた狂也もろともトラックに……。
「なんであんなこと、したの……ばか……」
「……だって、アンジェラが怪我すると思って……アンジェラのこと、守りたかった……」
「これ、緒賀の体だから、怪我したって、いい」
「……アンジェったら……」
玲にINした玲は涙し続けるアンジェラに微笑みかけて、そっと、目を閉じた……。
奇跡的に打ち身と擦り傷で済んだ玲。
入院することもなく一日だけお休みし、すぐに学園へ登校した。
「桜ノ神、包帯巻いてる!」
額や手に包帯を巻いた桜ノ神の姿は儚げというか、ミステリアスで、一段と生徒らの注目を浴びた。
どこか近づき難い聖域にすら感じられてクラスメートや教師も歩み寄るのを躊躇する。
授業中も休み時間も桜ノ神本人以外、妙な緊張感に苛まれて、教科書音読の際には一行飛ばしがやたら頻繁に起こった。
さて昼休みになった。
「玲、あーん、して」
「アンジェラ……じゃない、緒賀君、おれ、両手は動かせるから」
「駄目。傷が開くかもしれない。あーん、して」
カフェテリアの片隅にて、キコキコ切り分けたステーキをフォークに刺し、玲に差し出すアンジェラ。
頑として引こうとしない彼に玲は微苦笑し、うっすら色づいた唇を緩々と開いた。
「はい。あーん」
真剣な眼差しでステーキ肉をゆっくり口内に運び、愛しの御主人様に食べさせるアンジェラ。
「はい。お水」
「お水くらい自分で飲めるから」
「僕みたいにぴちゃぴちゃ飲むの?」
「もう。そんなことしないよ……?」
明らかにいちゃついている玲とアンジェラに、カフェテリアにいた生徒・職員全員がどぎまぎ感染中、食事どころではない。
「あ。ここ、ついてる、玲」
アンジェラに頬をべろんと舐められて玲はクスクス笑った。
「くすぐったい」
「ここにも。お口にもついてる」
「……そこはだめ、後でね……?」
唇をじっと見つめてきたアンジェラに玲は意味深な微笑を向け、紙ナプキンでさっとおソースを拭うのだった。
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