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【黒虎】おすふぇろもんではらませて/W創作獣+Wバツイチ教師×平凡高校生
近いような遠いような未来。
高校一年生の雨宮時生 は夏休み限定のバイトを始めることにしたのだが。
「先生の友達って竹屋敷の住人だったんですか?」
紹介してくれた美術部顧問の教師、日高 に連れられてバイト先にやってきた時生は深い竹藪に抱かれるようにして佇む屋敷を呆然と見上げた。
どこかしこも緑いっぱいな片田舎の外れ。
昼下がりのそよ風にサラサラ靡く無数の笹の葉。
和洋風な作りの別荘じみた屋敷。
「あれ、言わなかったか?」
「聞いてないです……友達はおばけが出るって言ってました」
美術部というわけではない、ただ水彩画を描くのが好きで休日には絵具やら画用紙を持って緑いっぱいな片田舎をあちこち行き来している生徒の言葉に日高は笑った。
「ある意味合ってるかもな」
「え~……」
物心ついた頃からオカルトな噂で持ちきりだった、通称、竹屋敷。
断ろうかな、どうしようかな、大人しい性格でことなかれ主義の時生は快活に笑う日高の後を一先ずついていく。
無造作に連なる飛び石、門などの仕切りはなく、頬を吹き抜けていく一段と濃い緑風。
開放的な玄関ポーチに上がった日高は呼び鈴もノッカーも使用せずに色褪せた古めかしい扉を開いた。
「来たぞ社」
三十代半ば、精悍な容姿、バレンタインデーには本命チョコを学校一もらう教師が張り上げる必要のないよく通る声を放てば。
白昼でも翳りを纏う屋敷の奥から一人の男がゆっくりと現れた。
「いらっしゃい、日高」
長身の日高越しに竹屋敷の住人を目の当たりにし、時生は、何度も瞬きした。
鴉の濡れ羽色した黒髪に蝋じみた白肌。
腕捲りした長袖シャツに黒いズボン、そして裸足。
能面の趣きを備えた純和風な顔立ち。
「君が雨宮君だね。どうぞよろしく。僕は社と言います」
男版幽霊図のモデルに相応しそうな社 に自己紹介されて、もう断れないと悟った時生、泣く泣くぺこりとお辞儀するのだった。
部屋の中に黒豹がいた。
「せ、先生、や、や、社さん、ああああの」
ゆったりと広い居間に案内されるなり時生は凍りついた。
視線の先には立派なアンティークソファで仲よくいっしょに寝そべる二頭の獣がいた。
どう見ても黒豹だ。
しかし彼らは黒豹ではなく。
「雨宮君、あの子らはね、黒虎だよ」
名前に虎はついているものの黒豹によく似た、それはそれは珍しい獣の黒虎 。
「こ、こ、こくこ……うそ……おれ、初めて見ました」
「乱と鏡。あいつら双子の兄と弟なんだ」
「隻眼の子が弟の鏡だよ」
「ガキの頃、熊にやられたんだと、ありえないよな」
「あの子らの世話、よろしく頼むね」
えっ。
「え、え、えーーーと」
黒虎との初対面で完全に怯えている時生に能天気な三十路男二人は笑いかけた。
「社、こっちに引っ越してきたばかりでな。こいつ見ての通りホラー作家なんだわ」
「執筆の間、彼らを放置するのは忍びなくてね。食事以外の家事もよければお願いしたいな」
「給料弾んでやるってよ。よかったな、雨宮」
よくないです、全然よくないです。
ソファでごろごろしている黒虎の双子、まるで免疫のない獣に圧倒されるばかりの時生なのだった。
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