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いいえ、それは交尾ではありません-3
「……ミヲ……」
ベッドの上で涙を零していたミヲは顔を上げた。
主を守るようにして身を横たえていた十五が黒々とした目でミヲを見つめていた。
「……どうしよう、お母さんに見られちゃった……」
ミヲの母親はその場から消え失せていた。
我が子に覆い被さる異形を視界に捉えた瞬間、彼女は悲鳴を上げ、縺れる足で部屋を飛び出し、外へと逃げ去っていた。
壁や天井の向こうから慌ただしげな音色が聞こえてくる。
「どうしよう、十五……」
裸のままベッドに座り込んでいたミヲは十五に抱き着いた。
「きっと、もう……一緒にいられなくなる」
「ミヲ」
「やだよ……ボク……十五と一緒にいたいよ」
「ミヲ」
「離れたくないよ」
不意に、外で、車のブレーキ音が大きく響き渡った。
次に衝撃音が続く。
ミヲは泣きながらもただならぬ異変を察してカーテンに閉ざされた窓の方へ目を向けた。
「だい……じょう……ぶ……ミヲ……」
もう一度、ミヲは、十五を見た。
ミヲが蜥蜴の十五を見たのはそれが最後だった。
中村悠人 は思わず足を止めると擦れ違ったばかりの通行人をどこか緊張した声色で呼び止めた。
声をかけられた彼はおもむろに振り返り、悠人の方へ、その視線を緩やかに寄せる。
昼下がりの雑踏で悠人は彼と向かい合った。
「えっと、覚えてないかな? 小学校でクラスが同じだった中村だけど」
悠人はとりあえず笑顔を浮かべて彼に話しかける。
「忘れちゃったかな。もう十年くらい前だもんな」
「……もしかして、ユウト君……かな」
瑞々しい唇が自分の名前を口にしたので悠人は心の底から笑うことができた。
「そうそう! イタズラばっかしてた、クラスで一番の目立ちたがり屋!」
悠人の言葉に彼はくすくすと笑った。
小学生の頃は女の子にしか見えなかった面影が未だに残っていて、少女めいた滑らかな肌の色は相変わらず真珠と同じだ。
彼は別の学校へと転校していった同級生だった。
母親が事故で亡くなり、父親の実家へ預けられたとか。
「お前、こっちに戻ってきてたのか?」
「ううん。父さんに会いにきただけで、もう今から――」
「ミヲ」
彼は未練なく台詞を切ると悠人から速やかに視線を外した。
真横に立っていた、カラーコンタクトでも入れているのかやたら黒目がちの鋭い眼が目を引く、背の高い褐色肌の男を見上げる。
「もうすぐ電車が来る」
「うん。じゃあ、元気でね」
それだけ告げて彼は男と共に悠人の前から去っていった。
初恋の相手だった。
男だけれども。
女子よりも可愛くて、目が離せなかった……。
雑踏に紛れて消えるまで彼を見送っていた悠人は踵を返すと目的地へと急いだ。
そういえば、あいつ、蜥蜴を飼っていたな。
end
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