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彼は沼を飼っている/沼妖怪×美形殺人鬼/シリアス

■注意:残酷な描写があります それは地元の人間から「カラス山」と呼ばれる雑木林の奥深くにいた。 「カラス山」は野良犬がうろつき、青大将といった蛇が這いずり回る場所で、子供の出入りは禁止されていた。 しかし親や教師から念入りに注意されればされる程、小さな胸に宿る純粋な好奇心には拍車がかかる。 小学校が終われば、まだ日の高い帰り道、秘密基地や探検目的で「カラス山」にこっそり分け入る子供達など珍しくもなかった。 それに出会った子供は蛇ノ埋(じゃのめ)小学校に通う四年生の外海由利(そとめゆり)ただ一人だけであったが。 カラスが多いという単純な理由で村を蝕むようにして広がるその雑木林は「カラス山」と呼ばれていた。 空に夕陽が差し始めた五時過ぎ、由利は「カラス山」の茂みの中でしばし一人立ち尽くしていた。 視線の先には柔らかな落ち葉のベッドに背中を埋めた由利の兄がいた。 石に後頭部を強打して絶命した一つ違いの兄が。 このような結果に至った原因はどこにでもある兄弟喧嘩というわけではなかった、 家で勉強していた由利は兄に戸外へ引っ張り出され、 貯めていたお小遣いで駄菓子を買わされ、 ここまで連れてこられた、 自己中心的で傲慢なこの兄が由利は苦手でも嫌いでもなく、 何か命じられれば速やかに従った、 その方が楽だったのだ、 単純で目の前で命令通りに動いてやれば満足する、 腹いっぱい飯を食べれば夜はすぐに眠る、 その後で自分はゆっくり勉強しようと、 今日もこの兄に上の空で服従していた。 お前、女みたいだ、力、あんのかよ、俺を突き飛ばしてみろよ、尻餅つかせたら、帰っていいぞ。 由利はいつも通り兄に従った。 結果、兄はありったけの力によろめいて後ろへ仰向けに倒れ、不運にも落ちていた石に頭をぶつけて死んだ。 由利は虚ろに見開かれた二つの眼を見下ろして「お兄ちゃん」と呼びかけるでもなく、ああ、自分が殺してしまったんだな、と思った。 次に、由利は、兄の死体を隠そうと決めた。 人殺しはよくないことだと知っていた。 テストの答案用紙にペケ印をつけられるように、自分にも罰点がつけられるのは、すごく、とても、屈辱的で許せなかった……。 風もないのに揺れて落ちる枯れ葉。 どこからともなく行き交う姿の見えぬカラスの鳴き声。 少年は兄の両足首を掴んで土くれの上を後ろ向きに行く。 ひしめき合う木々の間を練って、ひたすら、奥を目指して。 少量の血を点々と足跡の如く残して。 いつの間にか夕陽が濃さを帯びて由利の白い頬を茜色に染め上げていた。 長いこと、歩いた。 由利は自分でも知らずに境界線を越えていた。 此岸と彼岸の境目を。 そして由利は「カラス山」の奥深くでそれと出会った。 一見して、それは、ただの小さな沼であった。 鬱蒼と生い茂る雑草に囲まれて、深く濁った青緑色の水を湛え、時に鼓動じみた鈍い音色を奥底から轟かせる。 初めて目にする沼に由利は聡明な眼を幾度か瞬かせ、丁度いいと思い至り、兄の死体をそこに沈めることにした。 引き摺ってきた死体を、とりあえず、沼の淵に追いやる。 横向きに寝かせて、力を込め、青緑色の水の中へどぷりと……。 ゆっくりと、水面から、それは現れた。 人間の腕に似たものが次から次に水上へ伸びてきたかと思うと、うつ伏せに浮かんでいた小柄な死体を掴んで、引き擦り込む。 三本指や六本指、一本指、全部で九つの、ぬるりとした、がっしりした、青白くも雄々しい腕によって兄の死体は由利の視界から完全に消え失せた。 ぱきぱき……ぽきぽき……こりこり…… 暗く澱む水面の下から聞こえてくる音は、沼が、死体を食む咀嚼の粗相。 沼のそばで四つん這いになっていた由利はじっと見つめていた。 聡明な眼が木洩れ日を反射して微かな光を宿す。 重たい死体を運んだことで生じていた疲労も忘れて、由利は、目に見えない沼の捕食を、息を潜め、すぐそばで感じ取っていた……。 その日、由利は落ち葉の上に点々と落ちていた兄の血の跡を辿って、赤黒く濡れた石を飛び越え、家へと帰った。 その夜、由利は名も知らぬ女を高層マンションの自宅で殺害した。 睡眠薬で眠らせていた女を裸にし、入念にロープで拘束し、口にガムテープを張りつけ、バスルームのバスタブに運び、自分も服を脱ぎ、意識が戻ったところで、最初に声を完全に封じるためナイフで喉を一文字に裂き、止めに、腹を刺した。 兄を殺して以降、由利は、殺人に取りつかれた。 二十七歳となって、美しい青年へ成長した彼は、誰に気づかれることもなく九人目の殺害を終えたのだった。 翌晩、由利は愛車のミニクーパーでそこへ向かった。 三時間近く高速道路を快速に走り抜け、インターチェンジを降りてさらに一時間程国道を飛ばす。 着いた先は田畑が広がる郊外の山村だった。 点在する家々に明かりは乏しく、電灯も極端に少ない、薄暗い道を進む。 砂利道の途中で車を乗り捨て、何重にも重ねた黒いビニール袋を手にして、山道を突き進む。 密生する広葉樹の間から雑木林へと分け入って、静まり返った道なき道を、懐中電灯もなしに、白い息を吐き散らしながら前進する。 やがて由利は此岸と彼岸の境界線を越える。 血の跡がなくとも道程はすでに記憶済みで帰り道に迷うことはない。 薄い墨に縁取りされたような、麗容たる双眸に、細く差し込む月明かりを滲ませて、由利は辿り着いた。 「カラス山」の奥深くでひっそりと息づく沼の淵へ。 由利は手にしていたビニール袋を沼の真ん中へ放り投げた。 着水するより先に、音もなく現れた九つの腕達が、我先にと袋目掛けて手を伸ばす。 袋は空中で容赦なく引き裂かれ、鋸で切断された肉片は飢えた腕達に鷲掴みにされ、澱んだ水底へとそれぞれ引き擦り込まれていく。 由利は今までと変わらない光景を無言で見つめていた。 今まで由利に殺害された犠牲者は全て、この沼にこうして葬られてきた。 沼は凶器などの証拠品も死体と共に食い尽くす。 由利に与えられた餌を嬉々として貪り、由利が彼岸から此岸へと去れば、由利を待って眠りにつく……。 美しい殺人鬼は粗相の伴う沼の捕食をすぐそばで感じ取っていた。 間もなくして水底での蠢きが静まり、何事もなかったかのような沈黙が再び辺りに満ちると、踵を返し、いつも通り此岸へ戻ろうとした。 ぱしゃっ 不意に聞こえた水音に由利は振り返る。 暗色たる水面から腕の一つが手を出していた。 おいで、おいで、と爪のない六本指が由利を緩々と手招いている。 初めての出来事に由利は珍しく驚かされ、上体を捻った中途半端な姿勢で固まっていた。 その時だった。 鬱々と重なり合う雑草を掻き分けていつの間に忍び寄っていた四本指の腕が由利の足首を掴んだのは。 「あ」 由利はバランスを崩す。 そのまま沼の水面へと――。 由利の脳裏を過ぎったのはもちろん「死」であった。 今まですぐそばで感じ取ってきたのだから、沼の捕食を。 底つくことのない飢えを。 しかし「カラス山」の沼は由利を食らわなかった。 「あ」 由利はバランスを崩す。 そのまま沼の水面へと――。 仰向けに倒れ込んだ由利の背中がどぷりと着水した途端、腕達は一斉に水上へと躍り出た。 水底へと沈むでもない由利の肢体に次々と集ると、コートやデニムを脱がしにかかる。 由利はあっという間に裸にされた。 由利は抵抗しなかった。 温かい沼の中は、すでに風化した記憶の一つにある、まるで胎内にも似た居心地のよさで。 抵抗するどころか由利は沼に身を委ねた。 驚きはすでに遠退いて、恐怖もなく、むしろ安らぎを覚えて自然と瞼を閉ざす。 このまま死んでもいいとさえ思った。 そんな由利に雄々しい九つの腕達は擦り寄る。 曝された白磁の肌をいとおしげに弄り、隈なく、隅々まで愛撫する。 赤椿の色を浮かべる唇を割って、口腔に滑り込み、舌をそろりと撫でる。 平らな胸を左右別の腕が揉み込み、上から下から乳首を摘み、ぬるりとした濁水を馴染ませては優しく擦り上げる。 水面に投げ出されていた両手は恋人のような手つきで指を絡め取られていた。 茂みに根づく陰茎を扱くのは二本指と六本指だ。 後孔を抉じ開けようとする一本指に、三本指が加わろうとする。 滑りを帯びた指は簡単に肉壁の中心へと埋まり、苦痛は少しもなく、初めて身の内に覚える異様な感覚に由利は呻吟した。 尋常ではない火照りが血肉から皮膚へと湧き上がる。 口腔に突き立てられた何本もの指に夢中で舌を這わせ、吸い上げて、後孔に埋まる何本もの指をきつく締めつける。 それぞれの指達が体内で不揃いに動き始めると喉を逸らして体をひくつかせた。 充血して勃起した乳首を捏ね繰り回される。 見る間に屹立した陰茎を扱き立てられ、睾丸を揉みしだかれ、後孔を緩やかに深々と犯される。 由利は速やかに下肢に宿した肉欲に素直に従って射精した。 すると九つの腕達はこぞって下肢に集った。 痙攣して残滓を吐き出そうとする棹をさらに上下に撫で擦り、鈴口を押し潰し、尿道をほじくり、睾丸を掌で転がし、両足を大きく開かせ、後孔に指を突き入れてもっと奥を絶え間なく刺激してくる。 連続する絶頂に由利は仰け反った。 沼の水面で半身を浸からせて、露出する肌に狂的な愛撫を施され、肉の内まで余すところなく蹂躙され、陰茎から濃く白濁した精液を吐き出し続けた。 沼は嬉々として由利を味わい続けた……。 高層マンションの一室。 かつて三人の女の血に塗れたバスタブは、今、青緑色の澱んだ濁水に満たされていた。 タンクで汲んできた沼の水である。 由利はそこに陶然と浸かり、そこから伸びた青白い腕は淫らな愛撫を白磁の肌に惜しみなく捧げる。 腕の数は一つ。 荒く節くれ立つ六本指に貫かれて由利は紅潮した全身をもどかしげに揺らめかせる……。 「カラス山」の奥深くで沼は由利を待っている。 濁音の鼓動を奥底から轟かせて。 由利をずっと待っている……。 外海由利は殺人鬼だ。 子供の頃に「カラス山」で兄を殺して以来、彼は殺人にとりつかれた。 他者に死を与えることは自身の生きる喜びに直結した。 だが、ある日、その生きる喜びが別のものへと変化した。 由利がこれまで殺してきた犠牲者及び証拠品を食らい続けてきた「カラス山」の奥深くに潜む沼。 その沼に愛でられることが至上の悦びとなった。 高層マンションの一室。 白を基調としたバスルーム。 そこに正に異色となる存在が。 バスタブに溜められた青緑色の澱んだ濁水。 タンクで汲んできた「カラス山」の沼の水。 バスローブを脱ぎ、白磁の肌を全て曝すと、由利はゆっくりとタイルに足裏をつける。 細い足首を虚空に翳し、音も立てずに、濁るバスタブの水面へ沈めていく。 かたちのよいふくらはぎが途中まで呑まれていく。 由利はやはり音もなく濁水に腰まで浸からせた。 温かい。 すでに風化した記憶の一つにある、まるで胎内にも似た居心地のよさ。 自然と瞼が落ちていく。 ちゃぷん 由利は薄目がちに水面から現れた「それ」を見つめた。 薄い墨に縁取りされたような麗容たる双眸に、れっきとした色情を孕ませて。 由利の前に現れたのは「六本」という青白くも雄々しい腕。 「カラス山」の沼に死体を放つ度に姿を現していた九つの腕達。 そのうちの一つ。 名の通り指が六本ある。 緩く開かれた由利の足の間から伸びる六本は、まるで恋人のような振舞で白磁の頬をいとおしそうに撫でた。 そう。 美しい二十七歳の殺人鬼を沼もまた愛していた。 由利は赤椿の色を浮かべる唇をおもむろに開くと、真ん中の指を二本、口腔に招いた。 ねっとりと舌を纏わせる。 爪のない指先を一つ一つ、丁寧に、しゃぶる。 反対に向こうから舌の上をそろりと撫でられると、すでに硬く勃起していた陰茎が、さらに硬さを帯びた。 股の間から伸びた腕に竿を擦りつけるようにして腰を動かす。 まるで口淫するように、頭を前後に揺らして指にむしゃぶりつきながら、下肢で淫らな摩擦を愉しむ。 青緑色の水面が緩々と波打つ。 由利の唇から指を引き抜いた六本は、胸の突端で痛いほどに尖る乳首に、触れる。 長い指は同時に二つの突起を愛撫した。 由利の唾液で濡れた指の腹を密着させ、円を描くように捏ね繰り回す。 由利は仰け反った。 もどかしげに腰をひくつかせ、濁る水面から勃起した陰茎を突き出したり、再び沈めたりと、強請るように六本を煽る。 煽られた六本は摘まんだ乳首を名残惜しそうに引っ張り、そして、離した。 由利は沼の水から身を起こすとバスタブの縁に浅く腰掛ける。 惜しげもなく足を左右へ開いて六本をいざなう。 六本はふくらはぎから内腿へと肌伝いに掌を伝わらせ、睾丸を辿り、陰茎へ。 滑る六本の指で包み込むと、先走りで潤う竿を、しごき始めた。 由利は太腿を引き攣らせる。 半開きの唇から悩ましげな吐息が零れ落ちる。 六本は指で竿をしごきながら親指で亀頭を撫で回した。 鈴口を鳴らす。 尿道を引っ掻く。 カリ首をなぞる。 由利は崩れそうになる身を何とか支えた。 狂おしい快楽に背筋が痙攣を始める。 先走りの愛液が六本をしとどに濡らし始める。 静寂のバスルームに卑猥な水音がしばし続いた。 不意に、それが、途切れる。 由利の胸に飛び散った精液。 達したのだ。 水音の代わりに由利の上擦った息遣いが湿った空間に尾を引いた……。 まだ終わりではない。 バスタブの縁にしがみついた由利。 高々と浮かした腰、曝された後孔には、六本が全ての指を埋めていた。 激しく肉奥まで貫かれては引き抜かれ、引き抜かれては貫かれる。 まるで情交、交歓のように。 沼の水で滑る指は肉壁を傷つけない。 下手すれば内臓まで届いてしまいそうだ。 際どい興奮を由利は貪る。 自ら腰をくねらせて堪能する。 開拓された前立腺を強めに刺激されると再び勃起し、青緑色の水面に愛液の糸を浅ましく垂らした。 よく締まった双丘は六本が指を蠢かせる度に過敏に打ち震える。 触られてもいない胸の尖りは纏わりつく湿気にさえ感じるようだ。 白磁であった肌が美しく紅潮していくのは壮観ですらあった。 そうして由利は生きる悦びを得る。 だが、沼は。 由利を愛しているが、愛しているからこそ、食らわない。 餌を与えなければ沼は飢えていく。 だから、由利は。 「すみません」 夜の雑踏で通りすがりの誰かに声をかける。 「どこかでお会いしたことがありませんか?」 そうして美しい由利は沼のために他者を葬る。 end

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