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おすふぇろもんではらませて-6

近いような遠いような未来。 中小企業の平社員、二十代の小松原が本社から遥か離れた離島の支店に異動願いを出して希望が通り、しばし月日が流れた。 初めての田舎暮らし。 鉄筋コンクリートに囲まれた生活に馴染んでいた身では戸惑うこともたくさんあった、しかしリーマン根性を奮い立たせて仕事への熱意を新たにし、周囲の人間にも支えられて。 愛する家族のために。 「お疲れ様でした!」 今日も一日仕事を頑張った小松原は残業を終えて家路についた。 島の中心部から車で片道九十分。 一度も渋滞したことのない海岸線、とっぷり暮れゆく空と海が望める国道をのんびり走り抜け、運河に架かる橋を渡り、緑深い脇道へ。 杉が鬱蒼と茂る森の中の一本道をスイスイ、家々がぽつぽつ建つ集落も抜けて、さらに奥へ。 雑木林に囲まれた瓦屋根の古民家が見えてくる。 小松原の我が家だ。 雑草だらけで無駄に広い庭のスペースに停めて車から降りれば。 星座がそれぞれの物語を語り始めた空の下、宵闇よりも深い漆黒を纏う二頭の獣が。 小松原に飛びかかるようにして襲い掛かった。 ではなくて。 「ただいま! ジェンガ、アベル!」 黒虎という、名前に虎はついているものの黒豹によく似た、それはそれは珍しい獣だ。 二頭は小松原が産み落とした。 つまり小松原のこども、だ。 「よしよし! 今日もお腹いっぱいイノシシ食べたか?」 山に棲息している野生イノシシを狩って食事している若雄兄弟に小松原は笑顔で尋ねる。 最初はどこかの飼いイノシシかと思って青ざめた小松原、近所の人達に恐る恐る聞いてみたら(一番近いご近所さんで徒歩十五分)、畑を荒らす害獣だから助かると褒められて胸を撫で下ろしたものだった。 最初はみんな黒虎を知らなくて戸惑っていた。 大人しい温厚な性格で人には危害を加えませんって、最初の一週間は方々を歩き回って、自治会やら青年団やら猟友会の人達にも念入りに説明して。 何とか受け入れてもらえた。 今では「これウチで余ったからどうぞ」って畑でとれた野菜とか玉子とか頂いちゃってるし。 ただ、まさか俺のガチ家族だとは皆さん夢にも思っていないでしょうね……。 「あ」 庭先で兄弟による毎度熱烈なお出迎えに対応していた小松原は一段と顔を輝かせた。 開放された縁側からしなやかに降り立った、一頭の、成獣なる立派な黒虎。 小松原の夫、ジェシカだ。 ちっちゃな黒虎のあかちゃんを口に咥えている。 末っ子のティアラ(♂)だ。 「ただいま、ティアラ!」 跪いた小松原がティアラを受け取れば愛しい妻の周りをぐるりと回って擦り寄るジェシカ。 半袖シャツにネクタイを緩めていた小松原は家族総出のお出迎えにいつも思ってしまう。 はあ~~しあわせだなあ~~。 家に帰った小松原はざっとお風呂に入って、ぱぱぱっと作った炒め物とソーメンとおにぎりを食べ、後片付けをさぼって縁側でごろごろ、した。 ゲコゲコ、カエルの輪唱を聞きながら、ウトウト、ティアラを抱いてあっという間に夢の中。 遊んでほしい若雄兄弟は母親に構ってもらおうと爪を引っ込めた前脚で顔やら腕をぽんぽん叩く。 ジェシカは息子兄弟の振舞を鋭い眼差しで諌めると。 口に咥えて引っ張り出してきたタオルケットを小松原にふわりとかけた。 「ん……ふへへ……」 正にしあわせボケ感丸出しな寝顔で笑う小松原に寄り添って長い尻尾をぱたぱた。 父には逆らえないジェンガとアベルもお行儀よく静かに寄り添う。 軒先に吊るされた風鈴がチリーンと澄んだ音を立てた……。 毎日仕事で忙しい小松原。 帰宅して熱烈お出迎えにしあわせを噛み締め、風呂に入って食事をとればもう限界、ばたんきゅーな日々。 もっとちゃんと家族団らんを楽しみたいと思いながらも平日は忙殺されて、週末は掃除洗濯、夜は風呂に入って食事をとって、気が付けば朝。 あ、また寝ちゃってたな……あ、ここ、布団の中? ジェシカが運んでくれたんだ。 「行ってきます、留守、頼むな」 毎朝、家族総出でお見送りされて小松原は笑顔で仕事に向かう。 車が見えなくなれば若雄のジェンガ・アベル兄弟は山へイノシシ狩りに。 ジェシカはまだ小さいティアラのお世話と我が家の見張りだ。 そんな獣夫のジェシカ。 小松原が運転する車がすでに視界から消え失せたにも関わらず、意味深に、妻の行先へ鋭い金色の眼を向け続けるのだった……。

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