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おすふぇろもんではらませて-10

一日まるっとお休みの土曜日。 「わ。もうこんな時間ですか」 頭を悩ませていた案件が金曜日に片付き、安心した余り正午近くまで遅寝に耽っていた。 離島にある中小企業の支店で働く三十代眼鏡。 中心部在住ながらも1DKアパートから最寄のコンビニまで徒歩十分、しかも不定休でたまに閉まっていたりする。 洗顔して頭をスッキリさせてから着替え、ダイニングキッチンへ向かった時岡は目を見張らせた。 燦々と日差しが降り注ぐベランダでジェラルドが寛いでいた。 黒虎という、名前に虎はついているものの黒豹によく似た、それはそれは珍しい獣。 そして時岡の夫でもある。 「ジェラルド君、王様みたいですね」 真昼の日を浴びてビロードのように滑らかに艶めく漆黒の毛並み。 そんな成獣ジェラルドの巨躯をせっせと毛づくろいしている猿数匹。 市内であろうと珍しくない、野良猫より多いかもしれない野生の猿を侍らせて堂々と横たわっている獣夫に時岡は愛しげに苦笑してみせるのだった。 時岡とジェラルドの間には珊瑚というこどもがいた。 「こんにちは、時岡先輩!」 お昼を食べ終えた頃、部下である小松原が時岡宅にやってきた。 「本当にいいんですか、小松原君?」 「いーんです! だって珊瑚ちゃん、すっごくかわいい!」 ゆりかごの中で大人しくしている珊瑚を覗き込んでデレ顔になる小松原、隣に立って何やら気後れしている様子の時岡。 ソファにでーんと鎮座しているジェラルドは薄目がちに人間二人を眺めている。 「ジェンガもアベルも珊瑚ちゃんのこと大好きだし、ティアラも年が近い友達ができて喜んでるし。ジェシカだって可愛い姪っ子のこと気に入ってるんです」 部下の言葉に時岡は心から笑みを浮かべ、そっと珊瑚を抱き抱えた小松原は薄目がちなジェラルドに言う。 「ジェラルド、今日は珊瑚ちゃん、ウチに泊まらせるな?」 うんともすんとも言わないジェラルド。 相変らずな義理の獣兄に呆れるでもない小松原、笑顔のまま珊瑚を抱いて時岡宅を去っていった。 自分もアパートを出、ここからさらに山深い奥地へ帰っていく小松原の車を見送った時岡は、上昇するエレベーターの中で去り際に言われた部下の言葉を思い出す。 『ジェラルドと夫婦水入らず、ゆっくり休日過ごして下さい、先輩!』 夫婦水入らず、ですか。 ジェラルド君は、その、淡泊と言うか、べたべたしたがらないタイプのような気がします。 小松原君の伴侶である弟のジェシカ君とも、甥っ子達とも、あまり自分から進んで触れ合おうとしません。 娘の珊瑚に過剰に構う素振りも見られません。 僕ともそこまで……かな? 「小松原君の心遣いを無駄にしないよう、今日は新しい本でも買いに行きますか」 珊瑚が手のかからない子なので日頃から自分の時間は比較的とれていた時岡だが、今日は外出してゆっくり買い物でもするかと、そんな予定を立てて部屋に戻った。 「ジェラルド君、僕、今日は買い物に行ってきますね」 居場所どころか姿勢すら変わっていない獣夫に時岡は声をかける。 「本屋さんに行って何冊か新刊を買って、インテリアや家電を見たり、後は……あ、洗車にも行ってこようかな。それから日用品や食料品の買い出しをして、帰ろうと思いますね」 クローゼットの扉を開いて、大体この時期にはコレだと決めているジャケットを取り出そうとしていたら。 クイ、と後ろから引っ張られた。 振り返ればソファからいつの間に背後へやってきていたジェラルドがシャツの裾を咥えていて。 「え、あ、ジェラルド君?」 そのまま引っ張られて寝室へ連れられていく。 きちんと設えていたベッドへぽいっと放り投げられる。 急な振舞に驚いている妻のすぐ隣へギシリと飛び乗った獣夫。 「ガルル」 懐に頭をずぼっと潜り込ませてきたジェラルドに眼鏡がずれていた時岡は赤面した。 これは俗に言うデレデレ……ですか? ドライな性格かと思ってましたけれど、彼も、こういうスキンシップを欲するんですね。 「……嬉しいです、ジェラルド君」 くすぐったそうに微笑んだ時岡はゆっくりとジェラルドを抱きしめた。 大して広くもないベッド、ギリギリなスペースで正に夫婦水入らず状態。 昼下がりに寄り添い合って時間を過ごす。 「君に出会って、珊瑚を授かって……今、とても満たされています」 早くに両親を亡くして一人きりの生活を長いこと送っていた時岡。 「幸せって、こういうことを言うんですよね、きっと」 抜群な手触りのジェラルドを撫でながらクスリと笑う。 獣夫は金色の鋭い双眸を全開にして鼓膜に心地いい妻の睦言に耳を傾けている。 ブーー……ンとアパート前を通り過ぎていく大型トラックの走行音が尾を引いて消えていく。 おもむろに眼差しを伏せた時岡は、上目遣いにそっと、眼鏡のレンズ越しに運命の黒虎に囁きかけた。 「ジェラルド君も僕と同じ気持ちだったら嬉しいです」

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