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フライトナイト/戦うイケメン〇〇〇×不憫平凡
これは夢だ。
怖い悪夢だ、現実なんかじゃない。
お願いだから早く覚めてほしい。
早く、早く、早く……。
「早く覚めろ!」
倒れ伏した山田君の前にいた男が僕の大声に振り返った。
「よぉ」
男はニヤリと笑った。
物陰に隠れていた僕、佐藤寅彦 は、恐怖のあまり気を失った……。
その真新しい小学校は草木の生い茂る山中に建っていた。
「ああ、やっと見えたわ」
運転席でハンドルを握る中村さんが声を上げた。
長い道程で、やや酔い気味であった僕はホッとしてシートに頭をもたれさせた。
「建て直されて、まだそんなに経ってないみたい」
「そうですね。夏休み中に工事したのかもしれません」
助手席に座る鈴木さんが中村さんに同意する。
細く開かれた窓の隙間から風が吹き込んで、彼女の長い髪をふわふわと弄んでいた。
「ホントに出るのかねぇ」と、僕の右隣で必要以上にリラックスしている吉田君が手の関節をポキポキ鳴らしながら言った。
「高速通ってわざわざ来たんだから、それなりのモンが出てこなきゃあモトが取れねぇ」
「たかが三千円だろ」
僕の左隣にいる、窓辺に頬杖を突いていた山田君が冷ややかな物言いで返す。
吉田君は肩を竦めてみせた。
「俺が言ってるのは時間の事! 今は……十時過ぎだろ。大学を出て一時間以上は車だったからな、この時間が無駄だったと思うか、来た甲斐あったと思わせてくれるか、さてどっちに転ぶかねぇ」
「出るだろ。掲示板に何件も書き込みがあったんだから」
「デマかも、だぜ?」
二人は顔を見合わせないで会話を交わし、二人の間に座る僕はフロントガラスに徐々に近づいてくる校舎を眺めていた。
灰色のワーゲンは緩やかな坂道を順調に上って、閉められた校門の前でストップした。
車中に流れていたカウンター・テナ-の歌声がエンジン音と共に途絶える。
最初に車を出たのは吉田君で、次に鈴木さんが続いた。
僕は山田君が座っていた座席から外へと降り立った。
「うわ……」
僕は学校に目を向けるよりも先に、夜空に浮かぶ真っ白な月を見上げた。
月齢十五の満月。
辺りに広大な雲を侍らせて煌々と輝いていた。
「綺麗ね」
気がつくと隣に中村さんが立っていた。
「綺麗過ぎて妖しいくらい。見つめていると引き込まれそう」
中村さんはとてもミステリアスな人だった。
蒼白な肌はほぼノーメイクで、それなのに目元はくっきりと縁取られていて、唇は瑞々しく潤んでいる。
真っ黒な髪は毛先が鎖骨に届くくらい。
同色のワンピースが恐ろしく似合っていた。
最初、この人に話しかけられた時は本当にびっくりした。
学生ホールでぼんやりしていたら、突然声をかけてきたのだ。
あれは夏休みに入る直前の、テスト期間中だったっけ……。
「行きましょう?」
腕をとられて、僕はドキリとした。
中村さんは優しげに笑んでいる。
だけど、どこか冷たさを秘めた、やはり謎めいた笑みでもあった。
僕は嬉しい反面、校門の向こうに聳え立つ真夜中の小学校にこっそり冷や汗をかいたのだった。
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