164 / 195
フライトナイト-2
中村さん達はオカルト研究会というサークルのメンバーだった。
部長は中村さん、副部長は山田君、そして平部員が吉田君と鈴木さんの二人。
かなりの弱小サークルで、中村さんに勧誘されるまで僕は当然その存在を知らなかった。
部室も与えられていなくて、集会は講義に使用されていない空き教室で行われていたというのだから、きっと大学の人間の殆どが知らないだろう。
引っ込み思案で外見も性格もとことん地味な僕は、大学に入ってから友達という友達を一人もつくれずにいた。
しかも彼女イナイ暦十九年。
出会いを求める気にもなれなくて、バイトもやらずに、大学とアパートの往復をだらだらと単調に繰り返していた。
中村さんに声をかけられるまでは。
「寒いくらいですね、こんな山の中だと」
だだっ広いグラウドを右手に、僕達はそれぞれの歩調で正面校舎へと真っ直ぐ連なる舗道を歩いていた。
「佐藤君、半袖で寒くないですか?」
誰にでも敬語を使う鈴木さんが、僕を顧みて心配そうに小首を傾げた。
緩くウェーブがかった淡い色の髪が先程から微風に揺らめいている。
控え目な性格の彼女は、その髪型や色合いを至極好んでいるようだった。
「あ、うん、大丈夫」
「酔いの方はもう醒めた?」
鈴木さんの隣を歩いていた山田君に訊かれて、僕は再び頻りに頷いた。
すると、彼は銀縁の眼鏡をかけ直しつつ「そう、それは良かった」と、前を向いて一人ごちた。
「あ~、トイレの花子さんはいるかねぇ」
一人、意気揚々と先頭を歩く吉田君は独り言を連発していた。
彼はずば抜けた運動神経を持っている。
さっき、高い門扉を軽々と飛び越えてみせ、僕はつい口をあんぐり開けてしまった。
「彼、はしゃぎすぎですね」
「そうだな。アイツにとっても初めての本格的な活動だから」
前を歩む二人の会話が聞こえてくる。
僕の隣にいた中村さんはクスリと笑って、乱れた前髪をか細い指先で直すと、
「本当に出ると思う?」
「どうかなぁ……」
「インターネット上の掲示板に嘘が書き込まれているパターンはいくらだってあるけど。でも、出たらどうする?」
「……怖い、と思う」
「貴方、私を守ってくれるかしらね?」
僕はまたもドキリとした。
中村さんは普段と変わらない顔つきで行き先を正視している。
切れ長な瞳が黒曜石みたいに澄みきって見えた。
こんな時、気の利いた男なら「守るよ」なんて、きっぱりと断言するのだろう。
でも僕はまごついてしまい、タイミングを逃して、結局はその問いかけに返事をする事ができなかった。
だけど、本当に入るのかな。
こんな真夜中の小学校に。
僕の恐怖心は校舎に近寄るにつれて増していき、すぐ手前に迫った頃には、心臓の動悸が著しく加速するまでに至った。
正面校舎は切妻屋根の二階建てだった。
距離が狭まって判明したのだが、真新しいのは正面だけで、後ろに控える三階建ての一棟はそれなりの重みを擁する旧校舎であった。
隣には体育館が設置されていて、こちらも旧式の雰囲気を醸し出している。
非常口を示す緑色の光が不気味に窓に反射していた。
広大なグラウンドは背の高いフェンスで囲まれて、その向こうには小高い山々の天辺が見て取れた。
フェンス越しの眺めは麓の町が見下ろせる素晴らしいものに違いない。
学校の周辺に広がる樹林からは様々な虫の鳴き声がしていた。
「じゃ、入ろうかねぇ」
最初に段差を駆け上った吉田君が、正面校舎の中央に位置するガラス張りの扉に片手を突いた。
照明は何もなく、中はただ真っ暗だ。
靴棚が並列する生徒用玄関だというのは確認できた。
「おい、ここから入れるみたいだ」
山田君が、吉田君のいる場所から若干離れた扉を平然と開く。
僕はここの戸締りの甘さを心底呪いたくなった。
うわ、本当に入るんだ。
ホラー映画はまぁ好きな方だが、長い髪で顔が覆われたやつとか、白塗りの子供だとか、とにかく和製もののホラーは苦手だ。
そんなのが出てきたらどうしよう。
失神するのは免れないぞ。
「結構広い玄関だな」
山田君はすでに内部へと入っていた。
吉田君もすぐさま後に続いて、今、正に鈴木さんが校内へ足を踏み入れようとしているところだった。
「あ!」
僕はぎょっとした。
慌てて振り返り、後ろに控えている中村さんを見やった。
彼女はグラウンドを凝視しており、僕はその視線を追って、それを目の当たりにした。
ともだちにシェアしよう!