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フライトナイト-7

「コイツ等は下僕だ」 右条は服の上に転がっていたお化け釘を取り上げると僕に向き直った。 「俺はコイツ等の元締めを追ってる。もし俺が来てなかったら、今頃、寅彦は奴のオカズにされてるな」 呆然自失になりかけていた僕は彼を見上げた。 「どういう意味……?」 右条は血液一滴付着していないお化け釘を指先で弄びながら答えてくれた。 「奴は吸血鬼だ」 右条はその吸血鬼を追い続けている。 何でも物心ついた時から、どえらく、長々と。 ソイツとは切っても切れない縁に繋がれているらしい……。 「下僕に選ばれるのは自意識過剰な人間だ。自分は別格、周りより秀でている。常日頃そんな事を考えてるような人間が奴の誘惑を受ける」 「誘惑?」 「特別にしてやる、なんて口車に」 僕と右条はあの普通教室に戻っていた。 久々にマトモな光を浴びて、異常事態の連続に張り詰めていた心が安らいで、やっぱり夜には明かりが必要だと僕は再認識した。 右条は旅行バッグに二人分の衣服を詰め込んでいた。 文字通り消失した山田君と鈴木さんの分である。 「下僕って……何をするの?」 「主に餌の運搬。さっき言ったろ? 寅彦みたいなのを言葉巧みに誘って、こういう人気のない場所に連れてくる。で、奴に捧げるわけだ。下僕は奴に絶対服従なのさ。信者みたいなモンだ」 ガチャガチャと、金属同士のぶつかり合う音が響いてくる。 あのお化け釘が大量に入っているのだろうか。 興味はあったけど、ちょっと怖い感じもして、近くの席に座っていた僕は顔を背けて明後日の方向に目をやった。 「下僕は何を餌にすると思う?」 意味深な発言に僕はすぐさま右条に視線を戻した。 「鼠、カラス、猫や犬なんかの小動物だ。下僕は吸血鬼じゃないから血を吸うわけじゃない」 「た、食べるの?」 「まぁな。元締めから血を半分吸われて生かされてる。所詮は半端者だ。人間の性も捨てたから普通の食事はとれない。鮮度のいい、生きたままの肉にかぶりつかなきゃあ飢えが凌げない仕組みなのさ」 言われてみれば。 確かにみんなが食事しているのを見た覚えがない。 ファミレスでもコーヒーか水ばかり飲んで、メニューすらろくに見ていなかった。 でも、まさか、そんなもの食べてたなんて……。 「……でも、下僕って、殺す必要あるの?」 僕は鈴木さんの死に様を思い出していた。 友達だった人が、あんな醜い異形に成り果てて本当にびっくりしたけれど。 かつての彼女を脳裏に描くと胸が痛んだ。 右条はバッグのチャックをきっちり閉めると、重みの増した荷物を軽々と持ち上げた。 「アイツ等が見せた優しさに本音はない」 彼は厳しい眼差しで言い切った。 「山田、鈴木、中村、吉田にとって寅彦は元締めに捧げる餌でしかなかった。ただそれだけだ。だから変な仲間意識や同情心は捨てろ。今から俺は下僕も元締めも殺すんだからな」 「……」 「下僕は今までに数えきれない程の餌を奴に運んだ。普通は一滴の血で済むものを、奴が大食漢なもんだから、餌は体内の血をすべて吸われて干乾びて死ぬ。お前、アイツ等のためにそうなれるか?」 ぞっとして、間髪入れずに「なれない」と即答した僕に、右条は穏やかな眼差しで笑いながら言った。 「それでいいんだよ」と。 誰かに認められるのは久し振りで、僕は、まじまじと右条を見つめた。 右条はバッグの取っ手を握って僕を見下ろしている。 唇の左端を吊り上がらせるという不敵な笑みではあったが、この胸を満たしてくれる何かがあった。 家族も与えてくれなかった励ましを両手いっぱいに貰った気分だった。 そうだ、この人は助けてくれた。 気絶した僕を放っておかず、ここまで連れてきてくれた。 殺されそうになったところを守ってくれた。 意地悪そうに見えるけど、実は優しい人なのかな……? 「キスしてほしいのか?」 僕はむっとした。 右条は飄々と笑っている。 たとえ世界が破滅したって、彼はその笑みでもって殺伐とした現状を大いに愉悦しそうだ。 要するに底抜けにふしだらな雰囲気。 さっきの考えは全くの的外れだったのかもしれない。 「……右条さんって、何やってる人なの」 「しがないハンター」 彼は回れ右をして、大きな黒板の傍らにある入り口へと淀みなく前進した。 肩から背負われたバッグの中身が小うるさい音を立てている。 小学生のランドセルでもこんな雑音は生じないだろう。 「怖いなら帰っていい。下僕は餌の運搬を遂行しようとするからな、校内に居残ってたら間違いなく襲われる」 ドアの前で立ち止まった彼は振り返らずに問いかけてきた。 「どうする?」

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