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フライトナイト-8
正直、あんな怖い思いをするのはもう懲り懲りだった。
人が異形に変わっていく過程、お化け釘が胸を貫く一瞬、できる事なら二度と見たくない。
ホラー映画とは別物だ。
直に目撃する恐怖度は今までに見てきたどの映像よりもケタ違いに勝っていた。
だけど。
『貴方、私を守ってくれるかしらね?』
みんなは僕を餌と見做して近づいてきた。
優しかった振舞は嘘で塗り固められていた。
だけど、僕がみんなと触れ合うようになって、それから得たたくさんの感情はすべて本物だった。
易々と捨て去れない、何物にも変え難い大切な思い。
今、この場から逃げ出して、僕は所在なく浮遊するそれらの置き場所をこの先見つける事ができるだろうか?
「ついていっても……いい?」
ピンと張った右条の背中に恐る恐る尋ねてみた。
ドア枠に腕を引っ掛けていた彼は、お伽噺に出てくる狐の目にも似た細長の眼を背中越しに向け、クククと笑った。
「どうぞご勝手に」
右条が教室を出る。
僕は慌てて机から飛び降りて、明かりを点していた蛍光灯をスイッチ一つで暗くすると、まだ然程進んでいなかった彼の隣に大急ぎで追い着いた。
「その元締めって、どこにいるの?」
「屋上。馬鹿は高いところが好きって言うだろ? この新校舎に屋上はないから古い方に移る。下僕は後二人か……さっさと始末しておきたいな……あ、寅彦を狙って向こうからやってくるか。結局はエサになっちゃうんだなぁ、お前って」
「……」
渡り廊下に差し掛かった。
大股で歩けば、十歩も行かずに旧校舎へと到着する距離である。
窓の一つが閉め忘れられていて、緑の香りを含んだ薄ら寒い夜風が通路に吹き込んでいた。
「ねぇ……何で顔つきが変わるの」
「ん?」
「どうしてあんなに変わるの。半端者ってやつだから? 刺されてからもすごかったけど……刺される前から変わってたよね?」
「ああ、変身の事か」
「へ、変身?」
「下僕は感情の起伏や抑えられない興奮に促されて、変身する。伝説の怪物にも似た使い魔に」
「か、怪物……使い魔……」
「山田は不意打ちで仕留めたから変身が不可能だった。鈴木の場合、寅彦に信じさせるために敢えて変身を強制した。ま、途中経過で釘を打ったからよかったけどな。下僕ってやつは完全に変身されたら面倒極まりないんだよ」
渡り廊下を過ぎて、右条は死角を警戒するでもなく平然と旧校舎の二階に足を下ろした。
旧校舎だからと言って、その棟が木造だというわけではない。
建物自体大して傷んでいないし、教室の曇りガラスやフロアなどは入念に磨かれていて、スニーカーだと滑りやすいくらいである。
目立った欠陥も特に見当たらない。
五・六年生の教室が並ぶフロアで、廊下は先へと長く暗く続いていた。
「下僕はあんな死に方しかできないの?」
「まぁな」
どんな時でも不真面目な姿勢を貫くらしく、右条はスラックスのポケットに両手を突っ込んで、素気なく断定した。
あれは、死というより、消滅である。
瞬く間に分解を進行させて、骨すら残さないでこの地からいなくなるなんて、ひどすぎる最期だ。
下僕になる前は普通の人間だったのに。
せめて形ある何かを……残したっていいのに。
「奴を選んだ時点でアイツ等は人としての人生を自ら捨てた」
項垂れた僕は右条の話に耳を傾けた。
「アイツ等は当の昔にそう決断したんだ。寅彦がそれに首を突っ込む必要はない。お前はただ気楽に眺めてりゃあいい」
「……そんな事」
「あのなぁ、何度も言うけど同情は捨てろ。あの真っ暗に濁った目。吐き気がする。気色悪いんだよ」
「濁った目? みんなが?」
「下僕は濁ってる。吸血鬼は真っ赤な血の色だ。アイツ等は血の色に憧れてるけど一生かかってもなれるわけがないんだよ、バーカ」
「……右条さん、さすがに言い過ぎなんじゃ」
「本当、冒涜が殊の外お好きなのね」
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