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【黒虎】おすふぇろもんではらませて/all
近いような遠いような未来。
本社から遥か離れた離島の支店に勤務する中小企業の平社員、二十代の小松原は正月休みのありがたみをしみじみ噛み締めていた。
「はあ~~しあわせだなあ~~」
雑木林に囲まれた瓦屋根の古民家なる我が家の居間で、寝転がって、コタツでぬくぬく。
テーブル上には電気ポットやら急須やらお茶のセット一式、まだ手をつけていない蜜柑が一つ、空になった缶ビールが二つ、開封済みのチーズおかきにチーズ鱈。
年末に磨かれた窓ガラスの向こうには寒々しい曇り空、相変わらず雑草だらけの無駄に広い庭が広がっていた。
「明日も休みで今日も夜更かしできる~、とか言いながらころっと寝ちゃうんだよな~、ふへへ」
上下スウェットで寝癖のついた小松原は世にも極上な枕を使用していた。
「はぁ、ジェシカ枕さいこ~」
そう。
成獣なる立派な黒虎 、獣夫のジェシカの腹は正に最高級の寝心地だった。
愛しい妻の傍らに悠々と寝そべる彼の漆黒の毛並みはいつにもましてツヤツヤして見えた。
山に棲息する野生動物を狩って有意義な食生活を送っているおかげだろう。
普段は仕事に追われて毎日忙しくしている小松原に、それはもうべったり、獣夫も獣夫で至福の時間を満喫していた。
「ん? でもちょっと太ったか、ジェシカ?」
心外、とでも言いたげな目つきで金色の眼はぐうたらな小松原を見た。
「毎日新鮮なジビエ料理たらふく食べてたら、そりゃあ太っちゃうか、だから前より最高度増してるのかな、もっと真ん丸になったらどんな寝心地に、っ、あ、こら! 俺の髪の毛むしゃむしゃしたらだめ!」
寝癖をかじられて小松原は目を白黒させた。
そこへ。
「あ、おかえり、ジェンガ、アベル!」
閉ざされていた縁側の窓を自らカラカラ開いて、小松原が産み落とした、小松原とジェシカのこどもである若雄兄弟が散歩から帰ってきた。
開けることはできるが閉めることができず、二頭は揃って窓を開けっ放しにして我先にと母親の元へ。
「あはは、どっちにもくっつき虫ついてるじゃないか、ん、ジェンガ、何咥えて……? あ、年賀状か、前みたいに郵便配達の人にじゃれついてビビらせたりしなかったかー?」
ぱくっと咥えていた年賀状の束をジェンガから受け取り、よいしょと体を起こし、いざ拝見。
「ええっ、いつの間に結婚したんだよ、こいつ……うわぁ、また猫増えてる……ありゃりゃ、出してない人から来ちゃってるよ、寒中見舞いで出そうっと……あ、こらっ、年賀状かじるなアベルっ」
大事な大事な黒虎たちに囲まれた小松原、年賀状をチェックし終えると、おもむろにコタツの中を覗き込んだ。
ぽかぽかしたコタツの中で二頭の小さな黒虎がくっついて丸まっている。
ふにゃふにゃ欠伸している彼らを優しく抱き寄せ、ぬくぬくな毛並みに顔を埋めて「は~~しあわせのにおい~~」なんて抜かしてみたり。
「よしよし、ティアラ、後でお外で遊んでやるからな、ジェシカが」
一頭は小松原とジェシカの末っ子・ティアラ(♂)だ。
もう一頭は。
「ほんっとう、珊瑚ちゃんはおとなしくて優しくてイイコだなぁ」
ティアラに耳をガジガジされてもじっとしている、か細い声でみゅうみゅうしている珊瑚(♀)に小松原はデレる。
珊瑚の父親はジェシカの兄・ジェラルドだ。
母親は小松原の職場の先輩・時岡だ。
「もうなにこのおめめ! おてて! おみみ! かわいいの塊か!」
今朝から預かっている珊瑚に全力デレデレしている小松原にジェンガとアベルはかまってと言わんばかりに体ごと擦り寄った。
ティアラはおともだち黒虎を甘噛みし続けている。
ジェシカは小松原の背中に寄り添い、底抜けに楽しげな妻の笑い声に耳を傾けていた。
黒虎らに埋もれた小松原は、開けっ放しの窓から入り込む北風も何のその、コタツにも勝る極上のぬくぬく感にどっぷり酔い痴れた。
「みんな今年もよろしくな。夜になったら家族全員でお参り行こうな!」
その夜、日中だと人目を引くと思って真夜中に近所の神社へ初詣に出向き、屯していた地元のヤンキーらをビビらせた小松原一家なのであーる☆
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