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おすふぇろもんではらませて-3

「鏡の傷は人間によるものなんだ、雨宮君」 冬休み限定のバイトのため小説家の(やしろ)宅へ出向いていた高校一年生の雨宮時生は目を見開かせた。 片田舎の外れ。 深い竹藪の奥にひっそり佇む、和洋風な作りの別荘じみた屋敷。 ゆったりと広い居間、日当たりのいい窓辺で仲睦まじく寄り添い合って眠る黒虎双子。 彼らを微笑ましそうに眺めていた時生は主の社と向かい合った。 「あの傷が……ですか?」 弟黒虎・(きょう)は片目に傷を負っていて隻眼だった。 「でも、あれ、熊の仕業だって、前に日高先生が」 「あれは嘘だ、雨宮」 友人である社の屋敷を訪れていた高校教師の日高にすかさず言われて、時生は、驚いた。 「どうしてそんな嘘……」 アンティーク調の家具がバランスよく配された広間にほんの束の間流れた沈黙。 「まず最初に鏡の傷に目がいくのは致し方ない、きっと気になるだろう。でもね。出会ったばかりの君に余りにも痛々しい真実を伝えるのはまだ早いと思ったんだ」 あの子らは貴重な種であるが故に、時に強欲で残虐な者の標的になることもある。 「それじゃあ、鏡は……」 熊じゃなくて、人間に襲われて、お兄ちゃんの乱を守って、傷つけられた……。 「雨宮君は僕よりもあの子らに信頼されている」 やり場のない感情に打ちひしがれ、ぎゅっと拳を握りしめていた時生に、男版幽霊図じみた雰囲気を持つ社は優しく笑いかけた。 「あの子らの過去に何があったのか、これから一つずつ君に話していこうと思う」 「……社さん」 「聞いてくれるかな」 時生はコクンと頷いた。 冬の昼下がり、ぽかぽかした窓辺の日だまりで気持ち良さそうに眠っている黒虎双子に、静かに寄り添った。 「名前に虎がついてるけど、黒豹によく似た、とても珍しい黒虎のこと。乱と鏡のこと。守ってあげたいです」 社と日高はそっと目を見張らせた。 「雨宮」 「あっ……なんか偉そうなこと言っちゃいました、ごめんなさい、非力なおれが乱と鏡のこと守るなんて、何言ってんだって感じですよね」 「そんなことないよ、雨宮君」 「っ……ううん、おれ、まだ高校生で二人みたいにオトナじゃないし……でも……乱と鏡がもう傷つかないよう、おれにできることを精一杯頑張ります……うん」 しどろもどろな口ぶりながらも時生の純粋な気持ちが伝わってきて、三十路のオトナ二人は、逆に邪な気持ちを抱いた……。 「こんなこと嫌ですってば……先生……社さん……」 至近距離から迫るオトナ二人に時生は困り果てていた。 立派なアンティークソファに腰かけた社のお膝に座らされて。 すぐ隣には日高がいて。 あれよあれよという間に彼らのテリトリーに囚われて顔も上げられずに縮こまっていた。 「ぅぅぅ……もうしないでって、お願いしたじゃないですか……おれ、もう、こういうのはちょっと……」 夏休み。 地元民から「竹屋敷」と呼ばれている古めかしいこの家で。 時生は黒虎双子とオトナ二人を相手に誰にも秘密の一夜を過ごした。 『乱と鏡も落ち着いたみたいだし、その、あの、もうあんなことは……しないでください、お願いします』 知性の高い希少種ながら根本的にやはり本能に忠実な獣である黒虎双子はさておき。 理性も分別もあるはずの社と日高の随分と身勝手な欲望に晒され、しかしながら二人のことを嫌いになれず、清い関係を切望した平凡高校生。 「お願いはされたけれど約束はしていないよ?」 「むしろ今日まで待てができていた俺達の忍耐力を褒めてほしいな、雨宮」 これまで保たれてきた清い関係を呆気なくブチ壊そうとしている社と日高。 肉付きの薄い体をした青少年に犯罪レベルなまでに過剰接近。 成す術もなく縮こまるか弱い姿を間近にし、罪悪感に躊躇するどころか、腹の底に溜め込んできた欲望が今にもどっと噴出しそうな。 「……ひどいです、そんなこと言うなんて」 先程までの和やかなムードは遠退いて、意味深に肌身に触れる不慣れな空気に、時生の心臓は大きく震えた。 「雨宮」 日高に顎を掬われて精悍な顔立ちを目の前にしたときは呼吸が止まりそうになった。 「い、嫌です……」 「俺を見てくれ」 「っ……わ、ぁ……社さん、いきなりおなかさわらないで……っ」 「雨宮君、かわいい匂いがする」 「ぇぇぇっ? それってどーいう匂い……っ……先生、おれの指かまないでくださぃ……」

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