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【わんこ】うしろのしょうめんは貴方/もふもふ×青少年
冷たい雨に打たれながら十四歳の冨永愁市 はぼんやり地面に横になっていた。
今日は土曜日だった。
中学校行事に組み込まれている地域活動の一つ、七月上旬の山登り清掃に愁市は午前中から参加していた。
教室の誰もが嫌がる中、クラス代表として自ら志願した。
春、両親の離婚によりあまり馴染みのない母方の実家にやってきたばかりで。
物心ついてからは一度も訪れたことのなかった母親の故郷を知りたいと、そんな純粋な気持ちに促されて。
だけど甘かった。
都会育ちで山に登った経験もなく、舗装されていない不慣れな山道、しかも急に天気が崩れてどしゃ降りの雨に見舞われた結果。
愁市は足を滑らせて急斜面を転がり落ちた。
「いてて……」
上の方から誰かが叫んでいる。
だけど体中、あちこちぶつけて痛くて痛くて、返事ができない。
恐らく教師や役場の大人達が呼びかけてくれているのだろうが、雨音がひどくて聞き取ることもできなかった。
どうしよう。
おれの不注意のせいでいろんな人に迷惑かけちゃった。
お母さん、きっと、怒るだろうな。
山登り清掃に参加するのも嫌がってたし。
あ、説得してくれたおじいちゃん、責められるかも、ごめん、おじいちゃん。
所々解れて破れてしまった体操着の長袖ジャージが雨に濡れていく。
七月に入ったとはいえ、容赦ない山の冷気に肌身をどんどん蝕まれていく。
手や頬に掠り傷を負った愁市は心細さに泣くでもなく、ただ周囲の大人達に迷惑をかけてしまった罪悪感に打ちひしがれて、寒くて、丸まっていた。
そんな少年の元に彼らはいつの間に。
「……?」
目を閉じていたらふわふわとしたあたたかい何かに包み込まれた。
何だろうと、閉じていた瞼を持ち上げてみれば。
「それは犬鬼様だよ」
その日の夜、頬と手の甲に絆創膏を貼るだけで処置が済んだ愁市は優しい伯父に教えてもらった。
「いぬおにさま?」
大きくて立派な和風家屋の二階の一間。
勉強机に着く愁市を見、い草の畳に悠々と寝そべった伯父の貴雄 はうんうんと頷いてみせた。
「あの尾鳴山 に昔から住んでる」
「それってトト●みたいな?」
「トト……?」
「あ、ごめん、何でもない」
透明感のある肌をした貴雄は首を傾げながらも甥っ子の愁市に教えてやった。
「彼らはそうそう人前には姿を現さない」
「ふーん」
「きっと愁市は気に入られたんだね」
「じゃあ、また会えるかな?」
畳にごろんと腹這いになった貴雄はうんうん、頷いた。
「彼らが願うならきっとまた会えるよ」
その時、母親が襖をがらりと開けて愁市の元へやってきた。
もう山に入らないで、それだけピシャリと言い放ち、ピシャリと襖を閉めて去って行った。
他人事のようにクスクス笑う貴雄に愁市は肩を竦めるのだった。
それはとても……こう……ふかふかとした……極上の、夢のような触り心地だった。
姿形は犬にとてもよく似ていた。
いや、狼だろうか。
大型犬を遥かに上回るサイズだった。
真っ白なものと、その影のような漆黒のものと、二頭いた。
雨に濡れて地面に横たわっていた愁市をあたためるようにずっと寄り添っていた。
月曜日、彼らのことが忘れられない愁市は学校が終わると母親の言いつけを破って尾鳴山へ一人分け入った。
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