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うしろのしょうめんは貴方-3
その日の夜、母親にめちゃくちゃ怒られたことよりも犬鬼との再会が脳裏に尾を引いて、浮かれて、寝付けなくて。
普段よりも遅い時間帯に愁市が寝かかっていた矢先のことだった。
スゥ、と首筋を訪れた夜風。
窓は閉めたはずなのにどうして、ひやひやする冷気に首を窄め、寝返りを打った愁市がしょぼしょぼする目を開けてみれば。
「わ」
びっくりした。
すぐ目の前に真白がいた。
カギをかけたはずの窓はいつの間に半分ほど開かれていて、常夜灯が少ないために濃厚な夜気が覗いていた。
「真白、なんでウチがわかったの? お前、まさか窓から入ってきたの? どうやってカギ外したの?」
物言わぬ犬鬼はもちろん答えない。
代わりに愁市の片頬をべろべろ舐めた。
「くすぐったい……っ」
あまり大きな声を出すと階下にいる祖父母や母親に聞こえてしまう。
「ぅぅぅ……っ」
愁市はくすぐったいのを堪え、真白の好きなようにさせてやる。
発達途上にある中学二年生男子を気が済むまでべろべろ、べろべろした真白は。
「真白?」
愁市の七分シャツの裾をぱくっと噛んで、今度はぐいぐい、ぐいぐい、引っ張った。
濃厚な闇が覗く窓に向かって。
「真白、まさか窓から外へ出るつもり? 慣れててケガしないのなら止めないけど、おれは無理だからね?」
愁市の焦りを余所に真白はぐいぐいぐいぐい、手加減なしの力で窓辺まで引っ張っていこうとする。
「シャツ破れちゃうよ、お母さんにまた怒られる」
真白、おれと遊んでほしいのかな?
こんな夜中に外へ出たら、それこそお母さんの怒りが大爆発しそーだ、でもこのまま二階から落っこちるわけにはいかない。
「真白、聞いて、おれも一緒に外に行ってあげる、でも一階の玄関から出よう、ね、お願い」
愁市が小声でそうお願いすれば。
真白は咥えていたシャツをぱっと離した。
今度は窓ではなく、廊下に面する出入り口へ向かい、襖をカリカリと引っ掻いた。
「真白ってば、もしかしておれのことからかった? あ、シャツに穴開いてる……あーあ……」
かくして愁市はこっそり家を抜け出して真夜中のお散歩へ出かけた。
山を守る犬鬼からの誘 い。
まやかしじみた非現実的なシチュエーションに浮かれていたのは確かだ。
この先、見てはならないものを見てしまうとも知らないで。
尾鳴山の裏側。
禁域なる異界。
さっきまで月を隠していた叢雲は遥か頭上から遠退いて、今は仄明るい夜の木立ち。
「はぁ……」
冷えた静寂に紛れる微かな吐息。
鬱蒼と茂る草むらの向こうに見え隠れする危うげな白昼夢のような光景。
貴雄だった。
御影と一緒にいた。
腕捲りした白シャツをはだけさせ、他には何にも身に纏っていない貴雄に御影がのしかかっていた。
「あ……」
漆黒の巨躯が揺らめく度に細身の肢体も揺れた。
ふさふさした毛艶のいい腹の下で四つん這いになっている。
汚れるのも苦にせず地面に片頬を擦りつけ、普段は隅々まで透明感ある肌身を紅潮させ、びっしょり汗をかいていた。
時折、弛緩した唇から上擦る声を滴らせて。
不意により深く交わられると切なげに眉根を寄せて。
「ん……御影……」
名を呼ばれた御影の立派な片耳が小刻みに震えた。
闇夜を射貫く金色の眼をさらに鋭く煌めかせ、しんなりした貴雄の黒髪に尖った鼻先を突っ込ませ、愛しい匂いを満喫する。
猛々しく育った肉杭で愛しい胎を屠る。
「あ……ん……」
貴雄は地面に短い爪を立て、土を抉り、目の前で咲きかけていた露草の青い花にかじりついた。
止まらない揺らめき。
静まるどころか、むしろ深みを増していく。
「あ、あ、あ……」
おもむろに貴雄の白い喉が反り返った。
上体を捻らせ、片腕を御影に絡ませ、辛い体勢ながらも金色の眼をじっと見つめた。
「ん……」
やってきた長い厚舌。
大胆に唇を開いて迎え入れる。
息の止まるような口づけに身も心も蕩けさせた。
地上に繋ぎ止められた魂ごと、かけがえのない犬鬼に捧げた……。
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