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第4話

そして、今日も久弥はやってくる。 「こんにちは」 微笑んで話し掛けてくる。 満は、いつの間にか、やってきた久弥に対して軽く会釈をするようになっていた。 「すみません」 出し抜けに謝る満。 「えっ、何が?」 滅多に自分から話さない満が急に謝ってきたので驚いてしまう。 「幹孝夫著、精神医学を見つめると云う本、上巻はありましたが、下巻は見当たりませんでした」 「えっ、探してくれたんだ」 その上巻を1冊抱え、静かに伝える満に、久弥は本を探してくれていたことにも驚きを感じたが、それ以上に満のかたく閉ざされた唇から、そんな長い言葉が聞けるとは思わなくて、軽い感動を覚える。 依然、謝る姿勢の満。 その手に持っている本を、久弥は受取りながら優しく微笑み感謝する。 「ありがとう。せっかくだから、それ借りるよ」 「でも……」 下巻を探していたということは、当然、上巻は読んでいる筈だけれど……。 「わざわざ、ありがとう」 久弥はもう一度、本を片手に礼を言う。 その優しさに、満は好感を持ってしまう。 その時、二人の間を裂くように横から久弥に声をかける人物が現れた。 「会長、マジで楠木のところに通ってるんだ、信じらんねぇ、評判悪くなるぜ?こんな妾の子なんかと関わってたら」 満の存在など無視して話す男子生徒。 妾の子、愛人の子供……。 家の中で一人だけ外見が違う満は皆からそう思われているのだ。 もしかしたら、久弥もそう思っているのかもしれない。 「お前! 失礼だろ、謝れ」 久弥はすかさず、知り合いらしい男子生徒を叱咤する。 「怒るなよ、当の本人が黙ってるのにさ、それにコイツ、何言われても全然平気な奴なんだよ、気にする方が馬鹿だぜ」 男子生徒は親指を満に向けて、そう言い放つ。 「なんで、そんな事が言えるんだ!」 「何言ったって全然表情変わらないし」 まぁまぁ、と久弥の怒りを軽くいなしながら続けて男子生徒は言う。 「何考えてるのか分かったもんじゃねぇ、近づかない方が身の為だぜ、ホラ、今だって」 そう満に視線を移す。 満は二人の会話を聞いていない訳ではないが、何も思わないよう無表情で本棚整理を再開していた。 「な、会長が庇おうが庇わまいが、楠木にとってはどうでもいいことなんだ。相手してるだけムダ! 行こうぜ、下駄箱の辺りでいつもの女子たちが会長を待ってるみたいなんだ」 目を輝かせて誘う男子生徒。あわよくば、その仲間に加わろうという魂胆だから。 しかし久弥の興味はそちらにはなかった。 「あぁ、先に行っててくれ、俺はもう少し楠木と話していくから」 「ヘイヘイ、会長もたいがいにしとけよ、ソイツの成績下げるのが目的だからって、あんまり時間さいてると自分の成績まで下がるぜ。じゃ、先行ってるから!」 男子生徒は、適当なことを言い残して図書館を去っていく。 満は、その男子生徒の言葉を聞いて軽い胸の痛みを覚える。 (成績を下げるのが目的?) 満は頭の中で復唱した言葉を無機質に呟いていた。 「成績、下げるのが目的だったのですか」 「えっ? いや、違うよ。確かに成績はトップクラスでマークはしてたけど、でも」 満は聞いていないと思っていたので、猜疑心を含んだ満の瞳に見つめられ、その問い掛けに慌ててしまう。 「では、なぜ僕に近づいたのですか?」 そんな久弥の慌てた様子を見て満は言葉を待たず、割って問う。距離を感じる冷たい敬語で。 その問いにすぐに答えられない久弥、満は心の中で確信する。 (なんの目的もなしに毎日通って来るはずがない。日種久弥は、その為に自分に近づいてきたのだ) そう思うと、心を許しそうになったことが馬鹿に思えてきて満は軽い怒りを覚える。 久弥は満の怒りの感情を含んだ瞳に押され、焦りながらも言葉を選び真実を伝える。 「……それは、楠木満に興味が、あったから」 「……帰ってください。ここに来ても、貴方の目的を果たすことなどありません。無駄なことです」 満は久弥の言葉を聞いて、さらに馬鹿にされたように思え、少し感情的に言い返す。

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