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第6話
さらに翌日。放課後の図書館。
いつものように図書委員の仕事をしている満。
時折、入口の方を気にする様子を見せる。
昨日、家に帰ったあと、冷静に自分の行動の理由を考えてみた。
日種久弥と関わるべきか、関わらないでいるべきか。
どちらに利得があるのかは、関わらない方が良いのだけれど、それを最終結論にしてしまうと、心の中に抵抗があって、モヤモヤした気分が続く。
たとえ、久弥の目的が別にあるとしても、満の心は久弥に動かされている。
満には初めての気持ちであるけれど、久弥に好意を持ってしまっていることを否定できなくなっていた。
いつもの時間を過ぎても久弥は現れない。
(昨日の自分がとった態度は、久弥を怒らせてしまったのだろうか。もう、来ないつもりなのか?)
満は自分の気持ちに気付いてしまったから…
余計、久弥が来ないことに胸が苦しくなる。
(今なら、まだ、この気持ちを白紙に戻せるかもしれない)
満がそんなふうに思いだした時…。
「こんにちは」
いつもの聞き慣れた、低く通った心地良い声。
いつもの笑顔で、変わらず声をかけてくる人物。
日種久弥だ。
満はドキっとして、一歩、身体を引く。
「あぁ、これ以上は近づかないから、話をしよう」
久弥は満に近づくなと言われたのを思い出して、宥めるように言う。
「……、 た」
満は、俯いてポツリと言葉を出す。
「えっ?」
うまく聞き取れず、久弥は首を傾げ聞き返す。
満は静かに顔を上げ、久弥と瞳を重ね細い声で、囁くように久弥に言う。
「もう……来ないのかと、思った」
窓から射す夕暮れのオレンジ色の日差しに染まった満の姿、その深緑色の綺麗な瞳に久弥はドキっとする。
「きっ、今日は、生徒会の仕事があって遅くなったんだ」
「……」
動揺を取り繕うように言葉を出す。
その久弥の瞳を見据えたまま、満は静かに頷く。
「今週は生徒会が、行事で忙しいから、来れないときがあるかもしれないけれど」
満に誤解がないように、久弥は遅くなった趣旨と明日から図書館が開いている時間に間に合わないかもしれないことを伝える。
「……そう」
視線を下げ俯いて答えるその仕種が、来てほしいと言われているようで久弥は嬉しくなる。
「あのさ、聞こうと思ってたんだけど、楠木は何時まで図書館に残っているのかな? 本、借りることが出来るのは十七時までだよね、図書館って何時まで開いているんだ?」
さりげなく会話を続ける久弥、満は、スッとカウンターの壁を指差す。
そこには、図書館開館時刻が記された貼紙があった。
「あ、そんな所に書いてあったんだな、気付かなかった。えーと、十八時まで開いているのか、楠木は最後まで残ってるのか?」
こくんと、満は頷き答える。
「楠木は残って何をしているんだ?」
満が反応を返してくれる事が新鮮で、久弥は次々と質問を考える。
「返却された本の片付け、時間が来たら、鍵を閉めて帰る」
一言一言囁くように答える満、久弥にはそれがとても可愛らしく映る。
「そうか。今日、カウンターの人は?」
いつもは一人、本貸し出し返却の為に生徒が座っているのに今日はいない。
質問の連続だけど、それをうっとおしいと感じる事もなく、それどころか質問を待っているかのような不思議な気持ちの満、いつの間にか久弥に見られ、声をかけられる事が心地よくなっていた。
「カウンターは、十七時まで、当番」
「じゃ、時間きたら、楠木おいて帰ってしまうのか?」
澄んだ、中性的な外見通りの満の声。
こうして話していると、大人しい満は、そこらの女子生徒よりも女の子らしく見えてくる。
久弥の問いに、またこくんと、頷く。
頭を撫でたくなるくらい愛らしい満を見ていると、時間など忘れてしまいそうになる。
「そうか、先生は来ないのか?」
「ほとんど来ない。来ても、十七時には帰る」
「そうだったんだ。俺は、生徒会長してるのに何も知らなかった。情けないな、もっと学校の事を勉強しないといけないよな」
すっと、頭をかきながら反省する。
満は少し首を傾げて否定するように顔をゆっくり横に振る。
「ありがとう、不思議だな、楠木と話していると嫌な事も忘れていられる」
久弥の言葉に、満はまた首を傾げる。
長めの前髪が、二重の大きな瞳にかかり、それを何気なく右手で直すその姿に久弥は見惚れてしまいそうになる。
満と夕日の射すこの広い図書館にいると、現実ではないような、そんな雰囲気に浸って居られた。
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