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第13話
久弥は、何かを振り払うように首を振って、そっと満に近づいていく。
壁に背をつけ、まだ怯えたような満を見て胸が苦しくなった。
そっと、片膝をついて、ハンカチで満の頬についた汚濁を拭う。
そして、一言。
「……大丈夫か?」
かけられた言葉は満を優しくいたわるものだった。
「……」
その声を聞いて満は、ふっと身体の力が抜け、張り詰めていた緊張感がじんわり解けていく。
その相手に縋りつくように、満は久弥の胸に頭を埋め、小さく震える。
久弥は満の行動に瞳を開き、握りしめていたマスターキーを床へ、カシャン!と、音を立てて落とす。
「!」
満はその音に、びくっと、身体を震わせ、我に返ったように久弥から離れようとするが、逆に満は久弥に引き寄せられ、腕の中へ抱き締められる。
「っ!?」
「もう、安心して」
満を優しく包みこみながら、耳元で囁く久弥。
それだけで満は、きゅっと胸をしめつけられるような熱い気持ちになる。
優しくしないで欲しい、この温かさが忘れられなくなるから。
『さようなら』と、再び言われる時が恐くて、温かさに溺れては駄目。
そう思っても、満は久弥を突き放す事など出来なかった。
久弥はやさしく満の背をさする。
はだけている上着を元に戻して、満と図書館の壁に寄り添うように座って、落ち着くまで満の肩を抱いて離さない。
もう、誰にも触れさせないとでもいうように。
満は黙ったまま、久弥と流れる時を共にしていた。
しばらくして、不意に久弥が口を開く。
「ごめん、もっと早く来るつもりだったけど、マスターキーを借りるのに手間取って……」
「……」
久弥の顔をそっと見つめる。
何故? と、問うような顔つきの満に、久弥は軽く頷いて微笑み。
「来ていたんだ。図書館の前まで……今日だけじゃない、生徒会の仕事が終わってからキミが帰る頃を狙って、どうしても姿が見たくて……」
久弥は静かに想いを語る。
「でも、いつも帰ってしまった後だったけれど……。今日も鍵が閉まっていたから、帰ってしまったんだと思った。けれど、中から声がして、もしかしてって思って、いてもたってもいられず職員室に走ってた」
その、久弥の口から紡がれる言葉が信じられず、理解にいたれないまま聞いていた。
「……。嫌われたんだ、と…思った」
ポツリと満は呟いた。
あの日、会えないと言われ、さようならと言われて。
もう、その瞳にさえ映してもらえないんだと思っていた満。
信じられない思いで呟いていた。
久弥は満を見て、優しく首を振って……。
「違うよ、ちがう。キミに会えないと言ったのは嫌いだからじゃない」
「……」
満は落ち着かない思いで、久弥の言葉を待った。
「……」
久弥は一瞬、言うことを躊躇うが、それを押し殺して言葉を続ける。
「君が、ここで襲われていたのを初めて見た時……」
久弥の言葉に、満はどきっとする。
それは、満が相手を過剰暴行している所を久弥に見られた、あの時のことだ。
不安にかられた満だが、久弥の口からこぼれた言葉は……。
「キミの、あの…乱れた姿を見て俺は、……欲情してしまったんだ」
「!」
久弥の口から出た言葉とは思えず、驚いて目をみはる。
「こんな事を言ったら、気持ち悪いよな、ごめん。だから、距離をおいて、この気持ちを整理しようとした」
驚愕したような満の反応に胸がしめつけられるような痛みを感じながらも久弥はなんとか続けて話す。
「でも、姿が見えないと余計、気になって、君のことがいつも頭から離れなかった」
「……」
その言葉を聞いて、ようやく久弥の気持ちが読めてくる。
久弥に、その気持ちで見つめられていると感じた時、心の内側から、頬に熱が上がるような感覚にとらわれる。
「また君が、あのような目にあっているのではないか、心配で……。でも、もう君の前で、こそこそ隠れたりしたくない、自分の気持ちに嘘はつけない」
そこまで話すと、久弥は決意した瞳で満を見る。
「俺は…君のことが、好きだ」
久弥は、改めて確認するように満に告白する。
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