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第16話
「なぜ?」
「ヒサヤの近くに…僕は、ふさわしくない」
その満の言葉に驚く久弥、満がそんなふうに思っていたなんて…
「そんな事ない!」
少し声を上げる久弥。
対等に自分を見てくれていたのではない、満は自分をひとりの生徒としてではなく、生徒会長としての自分をたてている。
初めから一歩下がって…だから満は、近くに居たいとも、独占したいとも言わないのだ……。
そう思うと悲しい気持ちになり…久弥はキツイ口調のまま、続けて言う。
「ミツルは…俺が逢いたくないと言ったら、その理由を聞くか?別れようと言ったら、嫌だと言ってくれるのか?」
(満は、何も自分から欲しがらない…そんなのは、反応のない俺の持ち物と何の変わりはない。それじゃ嫌なんだ、俺に対しての好意や独占欲をもっと表面に出して欲しいのに…)
「……」
急に、逢いたくない、別れのような言葉を出されて…
満はどうしたらいいのか不安になり、答えられないまま視線を下げる。
久弥の想いについていけない…
「ミツルは、何も聞かないし、何も欲しがらない…」
久弥は溜まっていたものを吐き出すように続ける。
「どうして何も聞かないんだ!?」
(もっと俺のことを知って欲しいのに…)
「やはり…俺だけなのかな、思うように会えなくてもどかしく思っているのは…」
ぼそっと溜め息をつくように言う久弥…
その言葉にうつむいたまま首を振り、やっと否定の言葉を挟む満。
「ちがう…」
どう答えたら久弥を鎮められるのか…
満は一生懸命、次の言葉を探すが…久弥の想いはおさまらない…
「……」
久弥に探るように見つめられ言葉がでない満…
「……」
しばし、沈黙の時が流れて…久弥はまた口を開く。
「…知らないわけじゃ、ないだろう…俺には昼食を共にしている、登下校を共にしている、特定の女子生徒がいることを」
久弥は…満が何も聞かないのがもどかしくて、わざとそんな事を口にする。
「……」
スッと顔を上げ久弥と瞳を合わせる満…。
知らないわけがない…、遠くからその様子を見るたびに…つらくて、何度あの場所に、久弥の隣に、自分が行きたいと願ったか…
けれど、それは現状では出来ないことで、だから…出来るかぎり大人しく何も聞かないようにしていた。聞いてはいけないことだと思って……。
けれど…久弥は、そうは思っていなかった。
「聞けなかった…」
聞かないんじゃなくて、聞けなかったのに…、満は心の中で思った端を言うが、久弥は、こんなに言ってもまだ聞いてくれない満に苛立ちながら言葉を返す。
「なら、俺が教える、あの女子生徒はな!」
久弥は満に少しでも嫉妬させたい思いだけで続ける。
「あれは、俺の許婚なんだよッ!」
勢いで云う久弥だが…
「…いいな…ずけ…」
満はポソっと単語を繰り返す。
久弥はハッと我に返ったように満を見るが、満の表情は息を飲むように固まる。
そして…微かに震える満の、その瞳に涙が溜まるのを見てしまう……。
「……っ」
涙が零れる前に満は久弥から逃げ出す…
「…ッ!待ッ、ミツルッ!」
久弥は言ってしまった言葉をすぐに後悔し、満を追う。
教室を出る寸前で満の細い腕を捉らえ、久弥は身体を引き戻す。
その満の深緑の瞳は涙で濡れていた…
「…どうして、そんなことを…言う」
満は唇を噛み、震える声で久弥に言葉を返す。
「……」
フルフルと首を振って拒否を示す満…。
久弥は言葉に詰まり満を引き止めるだけ。
ぽそっと満は言葉を続ける。
「…久弥の邪魔になると思うから、言えなかった…触れなかった…」
薄々分かっていた…彼女の存在は。
でも、その人が…久弥と結婚を約束された相手だったとは…思いもよらなかった。
「僕は、ヒサヤの何…?」
許嫁なんて位置には到底なれない、久弥には彼女がいる…
だから、自分がそれと同等に恋人と扱われているなんて思えなかった…
望んでも、その人にはかなわない…
「…許嫁がいる…僕は、久弥の物でしかない、わかっているのに…」
どうして、わざわざ…そんなコトを言うのか…。
そして、そんな相手がいるのに…どうして、自分を好きだなんて言ったのか…、優しくキスなんてしたのか…。
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