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第18話

「本当だ。な、言ってみるものだろ?」 そう笑う久弥。 満は嬉しさで、思わず口元をほころばせる。 「ありがとう…でも、無理しないで。僕のせいでヒサヤの立場が苦しくなることは…僕も悲しいことだから…」 そして少し伏せ目がちに伝える。 「ミツル…、本当にお前は控えめだな、彼女に爪のアカ煎じて飲ましたいくらいだよ…」 久弥は微笑みながら感心したように言う… 「…彼女」 「…少し彼女の事を教えておくよ」 久弥は静かに話し出す。 満は聞きたいような、聞きたくないような…不思議な感覚のなかで久弥の言葉を待った。 「名前は、星波祥子。父親のコネからの紹介で…財界のお嬢様。初めて会ったのは、小学生の頃で…」 ひとつひとつ丁寧に話す久弥。 「その時、父から『この子が将来お前が結婚する相手』と紹介された…俺は、一人息子だし、父の病院も継がなくてはと思っていたけれど…結婚相手まで決められるとは思わなかった」 久弥は重く息をつき、言葉を続ける。 満は久弥のことを可哀相に思いながら…同時に自分と重なるところがあり、久弥の悲しみが実感として伝わる。 「けれど…両親には良くしてもらっているから、今でも反抗出来なくて、意気地がないんだ…俺は」 久弥は表情を落として、そう言う… 「わかる…」 自分だって同じ…満はポツリと言い頷く…。 今の自分では、父親や祖父に刃向かうことなんか出来ない。 久弥と同じように… 「…ミツル」 久弥は、満の髪へ触れて名前を呼ぶ。 満も親から継がなくてはならない病院があって…いずれは誰かと結婚し、跡取りを持たなくてはならない。 そんな分かり切った未来を認知しながらの付き合い… 「…それでもミツルのそばにいると、こんな現実さえ忘れて…安らげる。だから、もっと一緒に居たい、ミツル…学校外で会えないだろうか…」 久弥はこの状況に流されたくない思いで満に問う。 「…どこで?」 満は、ふたりきりで久弥に逢える場所があるならどこへでも行きたい…そんな気持ちで、すぐ聞いてしまうが…。 「いいのか?俺は平日、彼女の送り迎えが義務になっているから、その後から逢うことになる。時間は大丈夫?」 申し訳なさそうに伝える久弥。 「……」 「休日も出来れば逢いたい…でも学校周辺は生徒に見られる恐れがあるし、俺の自宅も母が居て…近くに彼女の家もあるからミツルを近づけたくない。ミツルの家はどうだろう?」 久弥の問いに満は軽く首を振って…。 「ごめんなさい…僕の家は、いつも祖父がいるから会えない…」 満は申し訳なさそうに続ける。 「それに祖父は厳しい人だから…帰りもあまり遅くなれない」 満は考えもなく返答してしまったことと自宅では会えないことをあわせて謝る。 「大丈夫、謝らなくていいから、他にウチの生徒に見つからないで会えそうな場所…」 久弥はしばし考える。 「……、中井乃橋は?」 満がぽつりと呟く…。 「中井乃橋?…あぁ、あの橋の下なら人は来ないし、ちょうど俺たちの家の中間あたりにあるな…」 満の意見を考えながら言う久弥。 「よし、そうしたら週に三回以上は橋の下で逢おう、少しの時でいい、ミツルの許すかぎりの時間…」 久弥は大きく頷いて、微笑む。 「はい…逢おう」 満も頷いて久弥に同意する。 「……」 その満の頬に片手で触れ…そっと、柔らかく口づけをするヒサヤ。 「…ヒサヤ?」 いつもなら一回のキスで終わるのに…。 続けて口づけてくる久弥に、ぽそっと聞く満…。 どう反応していいのか戸惑って瞳をひらいてしまう。 軽く机に身を乗り出し、瞳を閉じて口づけする久弥、間近に久弥の顔を見て心臓の鼓動がトクンと身体に響いていく。 「…っ!」 不意に口角から久弥の舌が口腔内に入ってきて、満は思わず身体を退く。 「…ごめん、嫌だった?」 久弥は、満の反応を見て俯いて謝る。 「…ちがう、驚いた、だけ…」 満は首を振って答える。 「ミツルは…こういうキスは初めてだった?」 久弥は申し訳なさそうに答える満がさらに可愛く思え、頬を寄せながら聞く。 「……」 こういうキスもなにも…ファーストキスが久弥な満…。 久弥としかしたことがないのだから、当然初めてで…。 「…僕は、ヒサヤ以外のヒトとキス、したことないから…」 満の言葉に、少し驚くヒサヤ。 キスが初めてということは…それ以上の事は、まったく手付かずなわけで…。 「…本当に?」 つい聞いてしまう久弥。

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