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第24話《その後…》
「遅くなったな…ミツルは大丈夫だろうか」
久弥は自宅の門の前まで帰ってきて空を見上げ呟く。
帰る際も来るとき同様、堂々と並んで歩けないのでバラバラに帰る事にしている久弥と満。
いつもより帰りが遅くなってしまい久弥は心配していた。
満はそんなに嘘が上手くつける人間じゃないから…。
ただでさえ、夜出歩くのは難しい家らしいのに、でも満は大丈夫としか言わない、苦になっていないだろうか。
「ただいま帰りました」
久弥は日本風な玄関の引き戸を引いて自宅の中へ足を進める。
「お帰りなさいませ、ヒサヤさん」
声を聞いて家政婦が急ぎ足で出て来て迎える、鞄と上着を笑顔で受け取る。
「ただいま、高橋さん。父さんと母さんは?」
優しく聞きながら上がる久弥。
「お父様は、今日は病院の方へ泊まられるそうです。お母様は、お食事されていますよ…さ、久弥さんもお夕食に」
久弥の後ろについて歩きながら声をかける家政婦。
「ありがとう」
久弥は家政婦に礼を言うと奥へと入っていく。
「ただいま帰りました、お母さん」
軽く礼をしながら食卓についている母に声をかける。
「あら、お帰りなさい、ヒサヤさん。お目当ての本はありましたか?」
にっこり微笑んで答える母。
楚々として美人な女性だ。
「いえ…夢中になり探しましたが、なかなか目当ての物が見つからなくて、遅くなりすみませんでした」
軽く母に謝る久弥。
「謝らなくても良いのですよ、ヒサヤさんが勉強熱心な息子で、私は誇らしいです」
微笑んだまま、母は何ひとつ疑うことなく久弥の言葉を信じる。
「はい…」
それがなんとも心苦しい久弥。
本を探していると嘘をついて満と密会しているのだから…。
母の中での久弥は…
勉強熱心で親の期待に添う立派な子供。
その理想を…
18年間築き上げた信頼を打ち崩すことは、久弥にはできないのだった。
その頃…
満は、自分の家の前まで歩いて帰ってきていた。
(…帰りたくない)
家の敷地へ入ることが、今の満には、とても辛く感じてしまう。
「兄さん!」
門の前で立ち尽くしていた満に不意に声がかかる。
「…けんじ」
声の主は二歳年下の弟、健次だった。
無表情に名前を呼ぶ。
「…どこへ行ってたの!?兄さん、お祖父さん…すごく怒ってるよ」
心配そうに声をかける健次。
黒髪に、満と背丈の変わらない小柄な健次、駆け寄ってくる。
「……」
満は少し苦い顔をして…自分の家へ足を進める。
「…兄さん」
健次は無視していく兄について行き、それ以上聞けずに、ただ歩いていた。
(何で兄さんは…)
健次も満の考えは分からない。
(今更…親に反抗するなんて。今まで何も言わず従っていた兄なのに…)
そう心で思いながら…
「はぁ…」
短いため息が漏れる満。
部屋の中へ足を進める。
「…ミツル、お祖父さんの部屋へ行きなさい」
すぐさま祖母から声がかかる。
「……」
「あなたの行動は間違っていますよ、反省しなさい」
すれ違いざま、そう冷たく言葉をかけていく祖母。
「……」
俯いたまま満は少しだけ頷く。
「行こう、兄さん」
健次は静かに声をかける。
「お前はいい、一人でいくから」
健次まで巻き込む訳にはいかないから。
「ううん、僕の方が怒られ慣れてるし、今まで兄さんがお祖父さんに逆らうことなんてなかったのに、最近はすごいよね…僕、ずっと、この家の方針って嫌だなって思ってたから」
にっこり笑って言う健次。
健次は昔からよく祖父に逆らっては叱られていた。
正しいと思う自分の心を曲げない弟…
以前の満なら、無駄な事だと思っていただろう、言いなりになっていれば、すべてが上手くいき…優位にたてる。
けれど、自分の自由は皆無…。
その不自由さに気付いてしまったから。
祖父の部屋のドアを軽くノックして、満と健次は中へ入る。
「……」
祖父はリクライニング式の椅子に座ってこちらを睨んできた。
「…どういうつもりだ」
静かに厳しい口調で話し出す祖父。
「今、何時だと思っている!」
いきなり怒鳴り口調な祖父。
何時といっても、そう遅いわけではない…
夜7時半を過ぎたくらいなのだけれど…祖父を怒らせるには充分な事柄なのだ。
「……」
満は無言になるが、代わりに健次が口を挟む。
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