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第36話
「…ヒサヤ」
悪いタイミングだったので動悸がつくほど驚いた満。
久弥に抱きとめてもらいたい気持ちを抑えて、首を横に振る。
そして、ニ歩ほど下がる。
誰に見られるか分からない場所で話す訳にはいかないから。
「あ…」
久弥も気付いて言葉を続けることはなかったが、もどかしく思い、代わりにもう一つの意思伝達手段を使って満を呼ぶ。
久弥は自然な動作で自分の襟元を直すように触り、そして髪をかきあげる。
二人だけにわかる、校内ですれ違う時に使う合図のようなもの。
襟元に触るのは『生徒会室』という意味。
髪を触るのは『今すぐ』という意味。
今すぐ生徒会室で会おうと伝えて、久弥は去っていく。
生徒会室。
久弥は先にきて満を待つ。
授業が始まるまでの時間、話したいと思ったから。
満の様子、どうしてもほっておく気にはなれない。
「ヒサヤ…」
注意深くまわりを気にして満は言われた場所にやってくる。
入口の戸を閉めて、久弥を呼ぶ。
「ミツル、どうしたんだ?さっき…」
久弥も満に近づきながら、疑問を投げ掛けてみる。
「ごめんなさい…」
奥に居た久弥のもとへ早足で向かい、満は遅くなったことを、まず謝って…言葉を続ける。
「あの…僕たち、学校で会わない方がいいと思う」
「えっ?」
いきなり何を言い出すのかと驚く久弥。
「…誰かに、つけられてた。気がする」
ぽつりと話す満。
「えっ?ミツルが?」
唐突なことに久弥は首を傾げるが。
「さっき…気のせいかもしれないけど…」
「だから、あんなに驚いたのか?」
「…うん」
久弥の質問に、こくんと頷く満。
「……何か、不安に思うことがあるのか?ミツル」
久弥は少し考えて、満の恐怖心を取り除くように抱き寄せて囁く。
「ヒサヤ…」
見透かすような一言は満の迷いを打ち消した。
「最近…僕のまわりで、嫌がらせのような事が続いてて」
深く頷いて助けを求めるように、久弥に伝える。
私物の紛失や脅迫めいた手紙のことなどを。
「僕がヒサヤにつきまとうのを止めないと、証拠写真を家に送り付けるって…」
不安げに声を弱めて満は話す。
「つきまとうって…でたらめな。ミツル…どうしてすぐに知らせてくれなかったんだ」
久弥は難しい顔をして問う。
「最初のうちは、ヒサヤに関係ないことだと思っていたから…でも、昨日の弟ヘの手紙の内容は、黙っている訳にはいかないから」
ぽつりと答える満。
「関係ないことはないだろ、ミツルが困っていたり、苦しんでいたりしているなら、俺が苦しんでいるのと同じことだから…なんでもすぐに伝えてほしい。隠し事をされるのは、悲しい、分かる?ミツル」
初めは強めに伝えて、最後は優しく聞く久弥。
「ごめん、なさい…でも、僕は、ヒサヤに心配をかけてしまうのが、心苦しかったから」
素直に謝って、少し理由を話す満。
「そんな事、気にしなくていいから…」
柔らかく頭を撫でて優しく言う久弥。
「うん、今も誰かにこの現場を見られていないか…不安で仕方ない」
俯いて伝える満。
「だから?俺たちは校内で会わない方がいいって?」
「…うん、卒業まで、あと少しだから、もう一度、慎重になった方がいいと思う」
最近、緊張感が緩んできているのは確かだったから、久弥は満の言葉を聞いて、しばし考えはじめる。
「でも、俺達の関係が、誰かに知られているのは確かだから、それを邪魔したい何者かがいるとしたら…今更、校内だけで距離をおいたとしても結局相手は、脅迫をエスカレートさせて、強行手段に打って出るはず」
「ヒサヤ?」
「それをしてこないのは…本当は証拠写真とやらがないか、じわじわ俺たちの仲を裂こうとしているのか」
真剣に推理する久弥の横顔を見つめている満。
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