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第38話

「これ、あなたのことでしょう、説明して頂戴」 満の胸元に、今朝配られていたビラを押し付け、キツく睨みつけながら言う祥子。 「……っ」 再びその内容を見て、胸が詰まる。 二人が付き合っている。 と、はっきり書かれているのだ。 そんなモノを目にした許婚なら、当然の行動なのかもしれない。 しかし、こんなことをした犯人は祥子ではないか…と疑わずにはいられない満。 祥子の瞳をうかがい見るが、その相手は冷たい光りを放っていた。 「なんとか言いなさいよ!」 かなり強気な祥子。 その言葉に気圧される満。 「……か、関係ありません」 まさか、関係を明かしてしまう訳にもいかず、ぽつりと言葉を返す満。 「関係ない?」 いかにも疎ましい存在というような目つきで睨む祥子。 「……、これに書いてあることは、全部、嘘です」 満は、こういうふうに言うしかない自分の立場に、虚しさを感じずにはいられない。 「嘘?…じゃ、あなたは久弥に近づいたり、会ったりしていないって言うの?」 満を叩くような早口で、問い詰める祥子。 「……はい」 苦しい気持ちで、瞳を合わせずに返事をする満。 「ふ、…よく、そんな嘘を。それでごまかせるとでも思ってるのかしら?」 気疎ましく鼻で笑う祥子に、満はハッとする。 「…え」 言葉が出ない満。 「会っていないですって?なら、ここに写っているのは誰なのかしら?」 祥子がポケットから取り出した物。 それは…『橋の下』で密会している自分と久弥の写真であった。 「…ッ!」 反応の仕様がなくて固まる満を見て… 「これはあなたでしょう?」 嫌みっぽく追い詰める祥子。 「……」 言葉を失い、手に冷汗がつたう満。 「そんな姿でヒサヤをたぶらかして!私の存在を知っておきながら近づくなんて、信じられない!あさましいにも程があるでしょう!ヒサヤと結婚するのは私なの、男のあなたが入り込む隙なんか少したりともないんだから!本当、気色の悪い!金輪際、ヒサヤに近づかないで、分かったわね!」 早口で満を罵倒して祥子は睨み付けてくる。 満は、祥子の言葉をチリチリ痛む胸で聞く。 黙ったまま、何も言い返せない。 結婚などという言葉を出されては、とうてい満に勝ち目はないのだけれど… それでも、二度と会うなと言われて素直に従うことは出来ない満。 「返事をしないのね…ま、いいわ、あなたの親に直接注意してもらうから」 そんな満の態度がまだ気に食わないのか、勝手な言い分を続ける。 「えっ?」 その言葉にハッとする満。 「息子の行いは、親にも責任があるでしょう」 祥子はさらっと言葉をなげる。 「っそれは…こ、困ります」 無駄だと分かっていても言ってしまう。 親にまで知られるというのは本当に避けたい事だから。 「もっと困ってもらわなくちゃ意味ないのよ、それだけのことをあなたはしているんだから!苦しんで後悔しなさい、私のヒサヤに近づいたことを!」 満を睨み付けたまま、有無を言わせぬ物言いで言葉を吐く祥子。 「……っ」 なんと言われようと、後悔はしない。 唇をかみしめ…言葉の代わりに、祥子をまっすぐ見て決意を伝える。 自分は久弥のことが好きだから、後悔なんかはしない。 自分の立場を利用して、何でも思い通りにさせようとする祥子には一生判らない胸の痛みだろう。 満は、久弥に出会えたから、人を想うことで…こんなにも心が痛むことを知った。 この人は…なぜ、判らないんだろう。 ずっと前から久弥に出会えているというのに。 なんだか、彼女の言葉を聞くたびに、哀れなヒトだなと思ってしまう満。 満は、これ以上、何を言っても祥子の考えは変わらないと諦めて、言われるまま祥子を自宅へと案内した。

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