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第41話
「なんだ…」
父は反抗する満を苛立たしく見て、言葉をだす。
満は、真っ直ぐ父を見て自分の気持ちを伝える。
「以前の僕には、心がなかった。人を想う心も、間違いを正す心も。僕は…ただ、人形のように、お祖父さんやお父さんに従っていただけ。ヒサヤは今までの僕に足りなかったコトに気付かせてくれた大切な人だから」
精一杯、言葉にするが…
「外科医に、人間らしい感情は必要ない。感情に左右され、冷静な判断が出来ず、致命的なミスをおかしてしまう。そのような要因は、はじめから持たなければいい」
満の言葉を否定する父。
それが、代々、この楠の家訓であり方針でもあること。
以前は、これがおかしいとは少しも思わなかった。
確かに、オペの際の、致命的ミスは、医師生命を危ぶむ、ひいては病院経営まで影響をきたす問題になりかねないから。
でも――。
「それは違う、違うよ父さん。人の痛みが分からなければ医師なんか出来ない。ケンジの言っていることは正しいんだ」
弟はその事に早くから気付いて、ずっと訴えていた。
「お前まで聞き分けのない事を言うんじゃない、付き合っているという奴とも別れなさい。お前の恋愛に関してまで口を出す事はしたくないが、今この時期は余計な問題を起こす事は許さない」
「……」
「今は医師になるために必要な知識や技術を身につける大切な時だ、それをおろそかにさせるわけにはいかない。恋愛がしたければ医師になって力をつけてからでもできるだろう。後悔をさせたくないから言っているんだ」
父の言い分も正しいのかもしれない。
けれど、自分は祥子と争うことになっても後悔していないし、勉強だっておろそかにしていない。
「…嫌です。ヒサヤとは別れません」
「……」
「……」
長い沈黙が続いたあと。
「ミツル、立ちなさい」
厳しい口調で満を睨んで父は言う。
「……?」
滅多に本気で怒らない父だが、今回ばかりは違うようで、満は反抗を取り消すわけではないけど、言われた通りその場に立つ。
父は、俯き…静かに満の前へと近付く。
「…言う事を聞くんだ」
視線を合わせて父はもう一度いう。
「……」
いくら父が恐かろうと、久弥と別れるのは従いたくない満。
キッと瞳を返して無言で首を振る。
その瞬間…
ガツっという衝撃が満を襲う。
「この馬鹿者がッ!」
父は聞き分けのない満を怒鳴り、同時に頬をコブシで手加減無しに殴りつけたのだ。
「ッ…」
満は殴られたはずみで後ろに倒れる。
「…お前がそこまで馬鹿だとは思わなかった、親の忠告も聞けない子だったとはな。勝手にすればいい、ただし、この楠木の家には迷惑をかけるな、それだけは肝に命じておけ。父には、このことを伏せておく、…もう、お前にも言う事はない」
大きく溜め息をついて見離すようにいう父。
「……」
殴られた頬に触れ、無言で立ち上がる満。
仕方がない、父親に反抗してまで譲れないものが自分にはあるのだから。
冷たく背を向けた父を一度見て、それから静かに父の部屋を後にする満。
「…ッ」
殴られた場所がズキズキと痛む。
口の端が切れ周辺も内出血をおこしている。
色白の満の顔にはそれだけでもかなり目立つキズだ。
「はぁ…」
満は重く溜め息をつく。
父に殴られたのは、はじめてだった。
それだけ父を失望させてしまったのだ。
これから祥子は何を仕掛けてくるのか、久弥と逢える日はいつなのか不安で仕方ない。
相変わらず不安を抱えたまま時は過ぎていくのだった…。
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