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第44話

経済界を取り仕切るほどの力のある財閥の父をもつ、お嬢様な祥子。 資金面からも先行き危うい不安だらけの私立病院を経営している父からすれば、喉から手が出るほど親戚に欲しい存在だから。 父親、母親の思いを考えると、自分勝手な思いで祥子を怒らせることは、家族の期待をすべて裏切ってしまうことに繋がる。 もしこの縁談が破棄になり、祥子の父を怒らせてしまったら…個人病院などは微塵もないくらいに追い詰められ、閉院に追い込まれるだろう。 それは、避けなければならない…絶対に。 今は満を選ぶわけにはいかないのだ。 「さ、はっきり言ってあげなさいよ、誤解したままじゃ彼が可哀相でしょ?」 隣に来た久弥を見て思ってもないことを、ふふん、と鼻を鳴らしながら言う祥子。 久弥は言葉を深く躊躇う。 「……」 満は二人に背を向けたまま、ピクリとも動けなかった。 久弥と祥子のツーショットなど、視界に入れたくなかったから。 「まさか、この私よりも、こんな無愛想な彼の方がいいなんて思っていないわよね?ヒサヤ」 あまりに久弥が話しださないため、わざとらしく驚いたように言葉をだす祥子。 「…違うよ、祥子。そんなことはない」 久弥は意を決して、祥子に返事する。 満に対して裏切りの言葉を。 満が背を向けていることで、直接、満の表情を見なくて済むため、久弥は言葉に詰まることなく続けて言い切る。 「俺には祥子が必要だから、もう裏切らない。こんなことをしてごめん」 自分の家には祥子が必要。 何度も心に言い聞かせて… そして…… (……ごめんミツル) と、何度も謝りながら、祥子に言葉をかける久弥。 満は、後ろから聞こえたその言葉に、身体が震えるようなショックを受ける。 ヒサヤは究極の選択を迫られて、出した答は… 満ではなく祥子を選ぶことだった。 その事にショックを受けた満。 この状況…、久弥の苦悩も分かっていたはずなのに… 祥子の前で自分との関係を暴露することなんか出来なかった。 でも…それでも、どこかで自分を選んでくれるのではないか、そう期待した部分があったから…満は思った以上にダメージを受けたのだ。 久弥からの直接の言葉は…覚悟していても辛いものはつらい。 満は、久弥からそれ以上イタい言葉を聞きたくなくて。 震え固まってしまっている身体を無理矢理動かして、久弥の方を振り返らず、その場から逃げるように立ち去ろうとする。 そんな満を冷たい声が制止させる。 「なにか言うことはないの?」 祥子の言葉に… 満は、言い返せないもどかしさを悔しく思い、唇を噛むが。 「…もう、近づきません。ごめんなさい…」 ぽつりと掠れた声で言葉を残して…。 そっと… 一度だけ、久弥を振り返る満。 (ヒサヤ……) 今は何も、久弥に求めてはいけない。 久弥の優先順位は、一番が自分じゃないから。 胸に穴が開いたような虚しさが満の心を占める。 静かに謝って満は、二人の前から姿を消そうと俯いて歩き出す。 久弥はそんな満の姿を見て、痛々しく思うが、この場で引き止めることも出来ず…… 心中は引き裂かれるような痛みが走っていた。 「ふふん。さ、行きましょうヒサヤ」 満足気に笑い、言葉を出す祥子。 「……」 久弥はとても笑みを浮かべる気にはなれなくて、黙ったまま祥子の言うとおりに歩く。 こんな女ひとりに歯向かうことが出来ない自分が情けなくてしかたない。 祥子はヒサヤの先を歩きながら…心の中で。 (当然じゃない、私のヒサヤに手を出したんだから、こんなものじゃ済まさないわ、もっと苦しんで後悔すればいいのよ) そんなふうに思っていた…。

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