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第58話
「俺は、それでも」
少しため込むような話し方をする久弥。
「ヒサヤ……?」
気になってその人の名前を呼ぶ満。
「……やはり、俺は祥子の前でミツルのことを好きだとは言えない。どんなにおまえの事を想っていても、それだけは……いつも嫌な思いをさせることになる」
どうにもできない想いを満へと告げる。
「……」
それは、分かっていることだから。
久弥はいずれ、あの祥子と結ばれる運命にある。
そうなったとき、負けるのはやはり自分で…
分かりきって付き合っているつもりが、それでもやはりすぐには応えられない満。
「俺は、なかなか子供ができない両親の間にようやくできた子供だったんだ。生まれた時から父の跡取りとして期待され育てられてきた、そんな両親の期待を裏切る事は出来ないから、父の跡を継げるのは俺しかいないんだ」
胸の内の悩みをそっと囁く。
久弥の言葉は、少なからず満の胸をしめつける。
「……うん、うん」
満は久弥の髪を撫でながら、そう二回頷く。
久弥を思い悩ませたくない一心で、この温かさの中では、久弥との別れの時など、考えもつかないけれど。
その覚悟を決めていれば、感じ方もかわるかもしれない。
「ミツル……ごめん」
「今から謝らないで、ヒサヤ。僕は、ヒサヤが辛そうにしているのを見るのが一番嫌だ」
「うん、わかった。分かったよミツル。出来ることなら、永遠に同じ時を過ごしていたい。ミツルと」
そう微笑む久弥。
「僕も……同じ気持ち」
頷いて言葉にする満。
「ミツル……。俺はこの先もずっと、ミツルを一番に愛し続けるから、離れることになっても、別の誰かといるときも、信じて欲しい」
久弥は続けて言葉にする。無茶な言い分だということは承知しつつ。
「だから、この先、俺から別れようとは言わないだろう。ミツルが、俺の傍にいるのが辛くなったら……その時はお前から言ってくれ、俺も、もう、ミツルの悲しむ顔は見たくないから」
自分勝手で逃げている言葉だと充分承知で言ってしまう久弥。
「……なら、ヒサヤは全てを隠して、出来る限り僕に秘密にして」
たとえ結婚が決まろうが、僕以外の人と身体を交えようが、何もなかった様にふるまって欲しい。
どこまで我慢出来るのか、相手が祥子だと言う事実はもう知っているけれど。
「……知ってしまったら、僕は」
たぶん、久弥と再び肌を重ねるような気持ちになれない。
だから――。
「ミツル……」
「……嘘をついて、僕が、この先もずっと、あなたと一緒にいるために」
永遠の時があるとしたら、終わりのない時だと分かっていても共に歩みたいとまで想う相手だから……。
満はそっと小指を差し出して伝える。
久弥はその満の指に自分の小指を絡めながら答える。
「あぁ、約束する。ミツルとずっと居たいから、全ては伝えない。そう、誓うよ」
久弥はまっすぐ満を見つめ、自分の勝手さを悔やむ罪悪感を押し隠して答える。
「……うん」
そういう力強い言葉、まっすぐに見つめる瞳がたまらなく好き。
満は心の中で想いながら微笑んで頷く。
二人だけの誓い。
二人だけのものだから、なによりも価値がある。
堅く、お互いの胸に約束を誓い合って、初めて肩を並べて寄り添いながら一夜を明かしていく。
この幸せが続いていくことを願って……。
だが、これが、二人にとって最初で、最後の夜になるということなど、知る由もなく――。
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