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第59話《運命の歯車》

翌朝四時半。 外はまだ薄暗い。 二人の枕元にあるアラームが安らぎの時を遮る。 「……ミツル、おはよう」 目覚めた久弥はアラームを止め、そっと、頬にキスを落としながら言葉をかける。 満は昨日の疲れからか、アラームの音では目覚めず、久弥の呼ぶ声で目を覚ます。 「……ヒサヤ、おはよう」 寝起きで、ぼーっとしている満だが、久弥を瞳に据えると微笑んで言葉を出す。 「もっと、ゆっくり寝させてやりたかったんだけどな……ごめん」 優しく謝る久弥。 「ううん、気にしてない」 そっと、久弥の温かい頬に触れてそう答える満。 そんな言葉に少し心軽くなる久弥。 しばらく、目覚めの余韻を味わったあと、行動を開始する二人。 「寒くないか?」 自分が貸した服に着替えている満を見つめ聞く久弥。 「やっぱり……大きい」 ぽそっと言葉にする満。 「ベルト、穴増やしてもいいよ。ミツルは本当に細いんだな」 ズボンのベルトの穴が一番きつく止めても満にとってはゆるゆるなのだ。 感心したように頷く久弥。 「……ごめんなさい」 なぜか謝ってしまう満。 「謝らなくていいよ、ミツルは自分の見た目が嫌い?」 なんだか負い目に感じているような満の仕種に、そっと聞いてしまう久弥。 「うん、……大嫌い」 女性のように細い身体つきも、声も、茶色い髪も、緑の瞳も、全てが嫌いだった。 「……ミツル、俺は好きだよ。ミツルのコト全部。だから、俺の好きなものはミツルも必ず好きになれる筈」 久弥はそう慈しむように満の頬に触れながら微笑む。 「……ん、今は好き」 久弥がそう言ってくれるから。 好きな相手が好きだと言ってくれるから、嫌いだったモノも好きになれる。 「良かった。そろそろ、行こうか」 夜明けが来る前に。 「うん、ありがとう」 この幸せな時をくれた久弥に満は短くお礼をいう。 「どういたしまして。って言っても、俺も充分お礼をいいたいほどだから、泊まってくれてありがとう」 満の腰へ腕をまわし歩きながら優しく囁く久弥。満もつられて微笑む。 そして満を送るためそっと家を後にする久弥。 「ヒサヤ、ここまででいいよ。遅くなるといけないから」 いつも待ち合わせに使っていた橋まで来ていう。 久弥はこっそり家を抜け出してきているので気遣う。 「もう少し一緒に居たいから」 そう言葉を返して橋を一緒に渡る。 夜が明けてしまったら、またしばらくは満には触れなくなるから。 「……ヒサヤ」 「ミツル、これからは高校でも約束の場所でも、会えないと思う」 歩きながら呟くように言う。 祥子の監視の目が届いているこの高校では、もう会えないだろう。 「でも、大学に行ったら、自由になるから。その時まで、我慢しよう」 久弥は本心からそう伝える。 「……うん。大学に行ったら毎日会える?」 ぽそっと希望を聞いてみる満。 「あぁ!逢おう、毎日」 再び小指を絡め約束する久弥。 あと少しの我慢だから、お互い先の未来に希望を持ちながら不安はあれど、なんの疑いも抱かずに……。 この時……最悪な運命の歯車はまわりはじめていた。 二人の誓いを嘲笑うかのように――。

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