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第60話

二人は、橋を渡り終え、まだ薄暗い歩道で熱い抱擁とキスを交わし… しばしの別れになる筈だった、この一瞬を感じ合う。 お互いに名残惜しい気持ちを押し込めながら触れ合う身体を放す。 「じゃ、また……」 久弥の言葉。 「うん…また」 満は頷き言葉を返す。 寂しさを紛らわさせるように、そっと微笑む二人。 ゆっくり、自宅へ戻るため歩き出す満。 久弥はその場で見送っている。 静かな時の何気ないひとコマだったが――。 しかし、その静寂を打ち破る音が二人の耳に容赦無く響き渡る。 「!!」 久弥から少し離れた歩道を歩いていた満に向かう巨大な影――。 ブレーキの音。 自動車の、そのライトは満の身体全体をとらえている。 「危ないッ!!」 久弥は満に危険が迫っていることを認知し、身体が震えるほどの恐怖を感じる。 大声で満に叫び、後も先も考えず駆け出す。 「!?」 満はそのブレーキ音の方へ振り返るが、眩しいライトの光が満の視界を奪い去り、動きを封じる。 「ッ!ミツルッ!!避けろーーッ!」 久弥の悲鳴にも似た叫び声もブレーキ音にかき消され、満の耳には届かない。 ブレーキをかけていようが、百キロ近いスピードを出していたであろう車は、満の身体に衝突する寸前だった。 この突発的出来事に… ミツルはまだ自分が、どんな状況下に置かれているか把握できずにいた。 救いを求めて久弥のいた方を振り返る満。 フッと思ったより早く瞳が合った、久弥へ腕をのばす。 必死で走り込んだ久弥、車のライトの中に二人の影が映る。 久弥は満を助け出そうと思って飛び込んだのだが、もう車が接触するまでに一歩を踏み出す余裕もなかった――。 (ッ間にあわない!!) もはや二人揃って助かることは絶望的。 (ならッ…せめて、お前だけでもッ!) 「みつるーーッ!」 激しく名前を叫びながら、久弥は走った勢いと、力かぎり満の身体を突き飛ばす。 ドッ――。 「ッヒサ…うッ!?」 満は伸ばした手で久弥に触れる事は出来なかった。 後ろに押され、宙に浮き……久弥から遠ざかる身体、音は消え――。 その瞬間はゆっくりと時が流れているようにさえ感じてしまう。 キキーッ ドン! 鈍く大きな音が、満の耳に容赦無く届く。 満と車の距離は数センチしかあいてなかった。 が、満は助かった。 世界が急速に動きはじめ――。 「ッ!?」 満の目の前で久弥の身体は宙を舞った。 その光景は、現実のものとして受け入れることが出来ないくらい、衝撃的で――。 久弥の身体が、人形のように飛び、地面へ叩きつけられ……勢いを余して道路を転がり… その久弥の身体は……、道の向こうのコンクリートの壁にぶつかることで、ようやく静止する。 ガシャン!! 大きな音を立てて久弥を撥ねた自動車は、壁に衝突し破片を飛ばしている。 「っ…ッヒ、ヒサヤぁッ!!」 悲鳴を上げて叫ぶ満。 満はまだ現実として受け入れきれていないが、久弥の身に、壮絶なことが起こったのは理解できた。 震える足で立ち上がり、久弥の下へ……。 ぐったりして、ぴくりとも動かない久弥。 頭部を切っていて、赤い液体が地面に溢れ濡らしていた。 「……ひ、さや…」 震えたまま、久弥の頭元に膝をつく満。 呼ぶ声も震えて――。 「ひさや…?」 呼んでも返事はない。 満の心は、思考回路がすべて停止してしまったかのように……何も考えられない。 倒れ込んでいる久弥の肩に触れ、自分のもとへ抱き寄せる。 未だ止まらぬ鮮血が、満の腕へ、指へ…… 温かさを保ったまま流れ滴り落ちる…

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