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第61話
「……ヒサヤ、目をあけて…、ね…ヒサヤ?」
淡々とした声。
しかし、震えている自分の声。
信じたくなんかない。
今まで……
つい、さっきまで、動いて、話して…
笑って、僕を……抱きしめてくれていたのだから。
「……ヒサヤ?」
顔に痛々しい擦り傷をつけ、意識を失ったままの久弥。
(……う、 俺は? そ、うだ…ミツルが、車に…)
昏睡する意識のなかで、久弥は――。
(……ミツルは、無事…なのか…?)
脳内に響くような自分の思考、まるで他人の声を聞いているようだ。
(……身体が…重い、ミツル…どこに、いる?)
「ヒサヤ…!」
(――ミツル!)
すぐ近くで、心配でやまない満の微かな声が…
幻聴なんかじゃない。
(ミツルは、助かったのか……?よかった)
満が無事……そのことに安堵する久弥。
(……俺は?目を開けないと、ミツルが…呼んでる)
久弥は、満の呼び掛けに答えようと思うが…
(……重い、目…どうやって…開けるんだ?)
酷く奪力感に苛まれている身体。
このまま眠れと、命令されているように。
次第に、深いところへ誘われていく感覚。
「ヒサヤッ!!」
ぽたっ。
満の声と同時に、頬に落ちた熱い雫。
血に染まった久弥の頬を伝う。
その満の痛々しい声を聞いて……ふっと、意識を取り戻す久弥。
「……うッ」
瞳を開いてみると、視界は真っ赤に染まって見えた。
頭部からの出血が額を伝って目の中に流れていたのだ。
まるで、両目から血の涙を流しているように。
すぐには焦点が合わず、必死で声の主を探す久弥。
ぼやけていた視界が、クリアに見えたとき、その中に……満の姿が――。
(泣いている……ミツル?)
「ひ…ヒサ、ヤっ!」
そんな、怯えた顔。
自分の状態も把握できていないまま、ヒサヤは満に「ごめん」と謝ろうとするが――。
(声が…出ない、なぜ…?)
話したいのに、満に言わなければならないのに……。
「ご…っぐッゲホッ!ゴホッ、かはっぅ、グッ」
無理矢理、声を出そうとした途端、激しく咳き込み、今まで感じたことのない激痛が襲い、苦しげに呻く。
咳き込むたびに多量の鮮血を吐き出す久弥。
(ッ……、あぁ、俺……)
その激痛を味わうことで、今まで不透明だった自分自身の状況について、把握してしまう。
(もう…次、瞳を閉じたなら、再び目覚めることは…ないのかもしれない)
「……ッ!ヒサヤッ!?ヒサヤッ!」
必死に呼び掛ける満。
(返事がしたい…でも)
そんな当たり前のことすら許されないのか…?
久弥は天に向かって、静かに祈る。
(……神様。……人を助けた俺を、凜然と感じてくださるなら、どうか……一時でも、俺に、声を……言葉を、返してください)
「…ぅ、み…つる?」
願うように出した声。
今度は激しい咳き込みも起こらなかった。
「!……っぅ」
久弥が応えてくれた。
それだけでいっそう、涙が溢れる満。
「ミツ、ル…ごめん。か、悲しませて……」
何かに抑えつけられているかのような胸の苦しみの中、息をつくように謝る久弥。
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