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第64話

祥子は、満の父には目もくれず、まっすぐ満に向かって突き進んで、満の腕を掴んで無理矢理、部屋から引っ張り出す。 「兄さん!」 驚いた健次が追い掛けようとするが…… 「健次、ほおっておきなさい。満は、少し頭を冷やす必要がある」 そう父親は厳しい顔つきのまま、健次を止める。 「っ……なんでッヒサヤがこんな目にあわなくちゃならないのッ!?」 満を引っ張りながら叫び続ける祥子。 「……っ」 満は苦しい思いで祥子の言葉を聞く。 久弥を大切に思っていたのは自分だけじゃない。 「なんでッ?何で!?ヒサヤと一緒に居たんでしょ?なら何で、あなただけ無傷なのよ!?ッ信じられないっ、あなたが…あなたが轢かれれば良かったのよッ!」 祥子のやり場のない怒りは全て満に浴びせられた。 「ふ……ぅっ」 分かっている。それはよくわかっているのに。 涙が溢れる満。 パシッ! 頬を打つ衝撃……ヒリヒリと痛みが伝わる。 「……泣かないでよッ!あんたなんかッ涙を流す資格もないんだからッ!」 祥子は思い切り満の頬をひっぱたく。 「っ……」 あからさまな怒りと嫌悪の目で見られて、満は顔を強張らせる。 「謝りなさいよ!謝ってすむことじゃないけど、お義母さんに膝をついて謝りなさいッ!」 祥子は、ドンと満の背中を強く押して言う。 満は、押されて前に両手をつくように倒れこむ。 顔を上げた先には、一人の女性の姿。 椅子に座り、顔を両手で覆い隠し……やや小柄な身体を悲しみに震わせていた。 満の存在は無視するように、ただ信じられない様子で呟いていた。 「……どうして?ヒサヤの筈ないわ……ヒサヤは部屋にいたのよ?昨日、確かに、家に帰ってきて…笑って、ただいまって」 消えそうな細い声で…。 「……どうして?どうして?」 久弥の母親の悲痛な思い……。 自宅に居るはずだった息子。 突然の知らせに……ただ、愕然となり、現実を受け入きれなくなっている母。 その痛々しい言葉は、どんな罵倒よりも満の胸を抉ってくる。 「……っ、ごめんなさい」 いたたまれなくなって、満は伏せたまま、掠れた声で謝った。 何度も…何度も……。 久弥の母の耳に、目にとまることはなかったのだが……。 自分は、謝るしかできない。 久弥に酷い事をした自分。 久弥の家族を苦しめてしまっている自分。 それなのに、怪我ひとつしていない自分の身体が疎ましくて、腹立たしくて。 その胸の痛み、苦しみが満の心を乱れさせる。 でも、どうしようもなくて……。 その時、廊下から駆けてくる足音が聞こえる。 「っ、ヒサヤは!?」 第一声。息を切らしているが緊迫して聞いてくる男性。 「あなた!」 はっと顔を上げる母。 その人物は久弥の父親だった。 「事故とはどういう事だ!?久弥の容態は!?」 血相を変えて怒鳴るように言う父。 「分からないわ、何が何だか……ヒサヤが」 涙ながらに夫にすがり泣く母。 「ヒサヤは悪くないのッ悪いのは全部こいつなのッ!こいつのせいでッ…」 後ろから満に向けて祥子が叫ぶ。 「なんだ?この不良は、ヒサヤはこんな奴と付き合っていたのか!?」 父は満の茶色い髪だけを見てそう怒鳴る。 「……知らないのよ。ヒサヤが、私たちに隠し事をするなんて……」 「違います!この人が勝手にヒサヤにつきまとって脅迫していたのよ、じゃないとこんな朝早くに呼び出すなんてしない筈でしょ!?」 母親の言葉を制し、祥子は満の印象を悪くあてつけていく。 「……っ」 そんなことはしていない、大切に想っていた存在なのだから……。 でも、それを否定する言葉さえ喉に詰まって出てこない。 ただ、首を振るだけ……。 久弥の父親は満が久弥をこんな目にあわせたのだと理解して満を睨みつける。 お互い言葉なく、時がとまったように静止する――。

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