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第68話

あれ以来、祥子から関わりを持たれることはなくなった。 だが……。 満の心は深く傷ついたままだった。卒業式以来、まったく何も反応が無くなってしまった満。 活力がなく、固形物の食事は一口も食べなくなった。 一週間が経った頃には見た目にも痩せて、点滴から少しの栄養を受けているといった状態。 親達も何度か話しにきたが、様子は変わらず諦めたように関わらなくなり。 健次に病院の後継ぎの話を持ち出してくるほどになった。 そして、さらに一週間が過ぎ、久弥も入学するはずだった大学への入学が近づいてくる。 しかし、依然、ゆるりと衰弱していく満。 そっと、満のベッドサイドへ座る健次。 「……兄さん。……今の兄さんは、生きてない。目は開いてるけれど、……っ兄さん」 反応のない瞳に語る。 なんでも出来て、いつも冷静だった、尊敬する兄。 その満の痛々しい姿を見ていると、涙がとまらなくなる健次。 「……このままじゃ、本当に死んでしまうよっ」 そんなことは絶対させない。 けれど……。 健次の悲痛な言葉さえも、満には届くことはないのであった…。 このまま、暗い心の闇の中で、苦しみながら、 日種久弥のいる世界へ行ってしまうように感じて……。 「戻って来て……」 そう切に語りかける。 その夜…。 0時を過ぎた頃――。 点滴を腕に繋いだまま、浅い眠りにつく満のもとへ――。 『……ル…』 透き通るような声が、小さく微かに頭の中に響いてくる。 (……呼ばれてる) 『……ミツ、ル』 (……この声) 満はそっと瞼を開き、声に引きよせられるように視線を向ける。 そこには――。 淡く白い光りに包まれた中に……以前、一度だけ現れた、その姿がそこにあった。 「……ゃ…」 名前を呼んだが、しばらく声を出していなかったのでうまく呼べない満。 こほっとひとつ咳をして、もう一度呼ぶ……誰よりも逢いたかった、その人の名を。 「……ひさや」 満の顔には何週間ぶりに笑顔が戻る。 夢か――幻か……。 それでも確かに満の瞳は、亡くなった筈の久弥を映し出していた。 『……ミツル』 「……は、い…」 呼ぶ声に返事をし、起き上がるのもやっとの身体を持ち上げる。 満はゆっくりと立ち上がり、崩れそうな膝を叱咤して、久弥のもとへ歩んでいく。 俯いている久弥の表情を窺い見て満は困惑する。

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