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第69話
「……ヒサヤ?」
その顔は、以前現れてくれた時とは違い。
辛そうな、悲しそうな痛い表情をしていた。
『……ごめん。ミツルを……おいていって、ひとりにして』
頭の中に響く声もやはり痛くて。
「……ううん、ヒサヤはどこにもいっていない。ここに…いるから、ちゃんと」
満は、言葉を、すべてを否定して、久弥に触れようと手をのばす。
しかし――。
満の指は、半透明な久弥の身体を簡単にすり抜けてしまう。
「……?触れない、ヒサヤに、触れないよ……」
不安でいっぱいな、子どものように満は言葉を発する。
『……うん。俺も…もう、二度とミツルに触れることは、出来ないんだ。どんなに、触れたくても……』
そっと、久弥は満の頬へ手を添えながら、まるで泣いているような、寂しげな声で、静かに答えていく。
「……!?」
満は、どうして?と、縋るような瞳を久弥に向ける。
『…ミツル。俺は、……もう、死んで…しまったから』
ため息のような声が頭に届く。
「ぅ、ちがう…死んでなんかない」
強く首を振って否定して、そんな真実を必死で打ち消そうとする満。
『……』
痛々しい満の姿を切なく見つめる久弥。
つらい真実――。
その……一瞬の静寂は、満にとって、かなりの長き時に思えた。
久弥の瞳に嘘はない。
だから……そんな悲しい顔をしているんだ。
(久弥はもう、生きていないって……ほんとうは、分かっている)
忘れる訳がないから、あの日のことを……。
意識ある最後の最後まで僕を見てくれていた。
あの久弥を――。
「……っ、僕のせいで、僕が……、あなたの命を奪ってしまった」
あの時、死ぬ筈だったのは自分だから……。
『……ちがうよ』
あの時も、そう伝えたけれど。
「…僕が、僕さえいなければ……」
俯いて、自分を責め続ける満。
『……ミツル』
「……そっちへ、いきたい。ヒサヤの、いる場所へ」
久弥が生きていないというなら、ひとりで生きていくなんて嫌だ。
「……いっしょに、連れていって」
純粋な瞳で、なんの迷いもなく願ってくる。
『……』
久弥は、その姿を愛しく見つめたあと……
そっと、首を横に振る。
愛する者の命を奪うことなど、出来ないから。
「……?」
不意に久弥は満から離れる。
『ミツル……忘れて、俺のことを』
ぽつりと囁く久弥。
「え?なに……」
もう、これ以上、自分のことで苦しんでいる満を見ているのはつらい。
見ていたくないから……。
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